月がきれいですね。

あんたなんか大嫌い。

死んでもいい。



一見、なんの脈絡も無い言葉ですが、3つとも同じ英語の和訳です。


I LOVE YOU .

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午前中にお仕事で会ってた方、川上さんにしましょうか、仮のお名前。

「新幹線の中で読んだ読売新聞に載ってたんだけど、夏目漱石がI LOVE YOU .を『月がきれいですね』って訳したって本当?この話って有名だよね」と聞いてきたので「川上さんが知らないのに僕が知ってるわけないでしょう」と答えました。

実際、私は初耳でした。

川上さんは筋金入りの文学少女で、その手の話になるとなんでも知ってる先生役になってくれるのでした。

川上さんは私のことを「物の見方が面白い」と付き合ってくれますが、彼女の方が圧倒的に情報も知識も豊富。

単なる情報ではなく知識がちゃんと整理整頓されていて、時代や最近のニュース・事件にまで絡めた文学論を話してくれるので、その辺の評論よりも全然、面白いんです。

ただ…私から見るとクライアントにあたるとはいえ、少し年下で、普通なら敬語で会話を交わす関係のはずなのですが、なぜかこの女はタメ口なんです。

初めて会ったときはどうだったのか忘れましたが、もしかしたら酒席で文学の話になり、私に対してマウントを取ったと思ってるのかもしれません。

まあ、実際その通りで、しかも仕事関係のクライアントです。こっちは敬語で、年下の相手にタメ口・君付けで呼ばれるのは、全く構わないのですが…。

しかし、川上さんは私以外には敬語で接してるので、私の部下が打ち合わせに参加すると非常にややこしいことになります。

川上さんは私にタメ口、部下に敬語、私は川上さんに敬語、部下にタメ口。部下は川上さんと私に敬語と…序列がわからないカオスになるのです。

あるとき、会議の合間に「ちょっとやりにくくありませんか?」と、序列カオスを説明すると「え、今初めて気づいた。でも急にさん付けで呼ばれて敬語になったら違和感ない?」と予想外の答えがやはりタメ口で返ってきました。

「いや、気づいてるはずです。私は〝文学マウント〟だと思ってます」と説明すると、大笑いされて「そんなわけない、そうだったら私、すっごく嫌な女じゃん。私が〇〇さんに変えるのはきっと〇〇君も居心地悪いだろうから、〇〇君が部下の方にも敬語ではなすようにしたらいいんじゃない?」と全くタメ口を治すつもりがないとんでもない提案をしてきました。

そして、そのようにして打ち合わせを続けると、確かにカオスは無くなり、序列ははっきりしましたが…。

タメ口が発せられるのは川上さんから私のみとなり、私の序列最底辺が決定されただけでした。

「会話上の序列のカオスは無くなりましたが、これでは現実の序列が反映されていません! 会話序列のカオスが解消されても、現実序列との乖離という新たな問題が浮かび上がってます!こっちは全員敬語使うから川上さんの方が敬語かタメ口で統一すべきなんですよ」と逆提案しましたが、川上さんの「文学マウントを根拠とする私にだけタメ口」は直されることなく5年近くの歳月が流れて今に至るのでした。


話が完全に逸れてしまいましたが、I LOVE YOU.の和訳です。

今日の読売新聞朝刊によると「月がきれいですね」と訳したのは夏目漱石で「鬼滅の刃」でも人気キャラがつぶやき、小学生にもおなじみだそうです。

ただ、読売新聞も「真偽不明」とし、川上さんも「私が読んだ漱石では記憶に無い」と言ってるように、これは多分に都市伝説、おそらく嘘です。

嘘だと証明するのは〝悪魔の証明〟です。ただ、誰にも迷惑がかからない、東大で英語を教えていた漱石のイメージも高める、おしゃれな都市伝説です。

私が冒頭に引っ張り出した「あんたなんか大嫌い」は翻訳恋愛小説の定番、「死んでもいい」は二葉亭四迷がツルゲーネフの「アーシャ(片恋)」を訳す中で、ロシア語の「Ваша(私はあなたのもの)」を訳したもので、厳密には「Я ЛЮБЛЮ ТЕБЯ=I LOVE YOU.」を訳したわけではありませんが、そう解釈しても差し支えないと思います。

そう考えると「月がきれいですね」も都市伝説やフェイクで片付けずに「夏目漱石ならきっとそう訳したはず」と考えるのが粋です。