ハリウッド。

ボクシングファンにとってはワイルドカード・ボクシング・ジムのある街ですが、普通に考えると映画の街です。

アメリカは自由の国。実力があればアメリカンドリームを掴める。

もちろん、アメリカもまた差別と偏見の国です。

正確には「実力があれば他の国と比べると、大きな夢を掴みやすい」が、異邦人ではそれも「限界がある」。

例えば、ボクシング。アメリカでは全く人気のないフライ級やバンタム級には、そもそもからして大きな夢が存在しません。「メガファイトの前座」が最高の舞台です。

人気のあるミドル級なら、アメリカンドリームは確かに存在します。それでも、あなたがメキシコ人かカザフスタン人かでは果実の大きさは笑っちゃうほど違ってきます。

これはラスベガスでもハリウッドでも同じです。

アジア人俳優でも類い稀なる才能と不断の努力によってアメリカンドリームを掴む可能性がありますが、それは巨大な予算で製作された映画の脇役が上限・限界です。

やはり〝メガファイトの前座〟です。

「軽量級にはニーズがない」ように「アジア人には主役ニーズがない」のです。

それでも映画の世界で成功を掴めば、母国で得られる何倍、何十倍ものギャラと名誉を手にすることができます。

しかし、本当の主役の座には永遠に届きません。

…常識なら。
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アジア人には、けして与えられない果実を力づくで奪い取り、絶対に約束されることのない場所に辿り着いた、二人の青年が奏でた奇跡の行進曲のお話です。

一人はシュガー・レイ・レナードがロビンソンやモハメド・アリに対するのとは異質の〝憧憬〟を隠さなかった世界なら映画スター。

もう一人はボブ・ディランが尊敬の訪問〝参拝〟を繰り返したリングの灼熱。

二人の誕生日は1940年11月27日と、1978年12月17日。

本当なら2人は親子のように、何度も会っていたはずです。

しかし、アメリカのハリウッドとボクシングで最も華々しい成功を収めた二人のアジア人が、会って親交を深める機会は永遠に失われてしまいました。

それでも、残された一人は今もスパーリングで偉大な先達のパフォーマンスを怪鳥音までコピーして見せ、その髪型まで真似ているのです。

今夜から二人の誕生日が来るまで、アメリカを掛け値なしにノックアウトしたただ二人のアジア人が紡いだ奇跡の躍動を振り返ってゆきます。