日本のジムに所属しながら世界王者になったボクサーは少なくありません。
ユーリ・アルバチャコフは日本人が足を踏み入れることが許されなかったリング誌PFPの重い扉を、まるで暖簾のように易々とくぐりました。
軽量級史上初のPFPキングに昇り詰めたローマン・ゴンザレスに至っては、もし彼が日本人なら間違いなく1億円を超える報酬を手にしていたはずです。そして、井上尚弥のPFP3位のインパクトも相当に薄まっていたのも間違いありません。
彼らには「あえて強い挑戦者ばかりを選んだ」(NHK ドキュメンタリー:私は負けて強くなった〜長谷川穂積)、「強い相手以外とは戦わない」(井上尚弥)などという、日本のエースとセットになって久しい失笑の常套句は一切不要でした。
しかし、ユーリは映画俳優の前座を務めさせられ、ロマゴンは評価が高まるにつれ日本人との対戦は減り、リングに上がるチャンスも減るという日本人だったらあり得ない扱いを受けました。
もちろん、日本に限らず、米国市場でも米国人かメキシコ人であることは重大な要素です。差別の根はどんな国の土の中にも奥深くまで張り巡らされてしまってるのです。
なんだかやるせない話ですが、彼らが日本人ならもっともっと安全な相手を当てがわれて、その刃は錆び付いていたかもしれません。

コメント
コメント一覧 (5)
フシ穴の眼
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彼らならメジャーに上がって活躍したでしょうが最短でも2年はマイナーだったかもしれません
メジャーに上がっても出場保証などあるわけもなく
フシ穴の眼
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原田の時代なら 世界 の冠で客呼べましたし、視聴率もかせげた。
ユーリが日本人なら、タイでの海外防衛させないし、もっと大きな会場でメイン張れたでしょう。
強いのに客呼べない。視聴率かせげない。
だからある意味演出も必要かもしれにいですね。
蒸し返したくないのですが、(西岡氏のラスベガスメインイベンターの件など)
ユーリの世界戦で客よべたのはピューマ渡久地戦?ぐらいですか?
商業的にプロレスから学ぶことも大切なのかもしれません。
ビジネス金儲けは、難しい。
フシ穴の眼
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