英国ボクシングニューズ誌2019年12月30日号を中軸に、ブロードウェイ「Undisputed」、リング誌2014年「Survivor」、全部ひっくるめてマイク・タイソンの物語のお届けです。
無能な私ではうまく伝わるわけもなく、意味がわからない、支離滅裂とかあると思いますが、そんな批判はコメントして下さい。移動中以外は100%酔っ払い(移動中も高確率で酔っ払いですが)の駄文で恐縮ですが、修正、補足、付け足し、などなどいたします。
*******
Forging “iron” Mike Tyson
私は世間知らずで、本当に何の教養もありませんでした。
カス・ダマトが最初に教えてくれたのは読み書きと、自分の名前をどう書くかでした。
彼は、世界から置いてけぼりを食っていた私を、世界なんてどうせ私を虫けら程度にしか思ってないと信じていた私を「そんことはない。世界は素晴らしい。生きてるって素晴らしい」と導いてくれたのです。
He taught me how to read, how to write, how to sign my name.
カスに出会う前に、私はボビー・スチュワートという少年院の教官からボクシングを初めて教わりました。
当たり前ですが、少年院まで訪ねてドアをノックして「ボクシングを教えて下さい」とお願いしたわけじゃありません。 少年院なんて行きたくなかったけど、諸事情が重なって私はそこに何度も何度も放り込まれたのです。
少年院ではゴミ同然に扱われましたが、それは少年院の外でも同じことでしたから、それに対しては何の感情もありませんでした。
なによりも、自分自身がゴミだってことをよくわかっていました。
世界中の誰1人も、私のことなんて必要としていない、だから私だってそんな世界は必要ないと思いました。だから、世界に向かって、そういう振る舞いをしました。
私が世界に必要とされないゴミが集まる場所、ゴミ箱に放り込まれるのも当然だと思いました。
ゴミはゴミ箱に放り込まれて、最後は焼かれて捨てられるのです。
そんな、ゴミにボビーはパンチとボックスの仕方を教えてくれました。誰かにああしろ、こうしろと言われるのは一番嫌なことでしたが、理由はわからなかったけど、なぜか反抗せずにやってみました。
信じられないくらいに、楽しい気持ちになりました。今、思い出しても私の人生で最も幸せだった瞬間の一つです。
シャドウボクシングやサンドバッグやパンチングボールはもちろん、ロープスキッピングでも楽しかったのです。夢中になってると、自分がゴミクズだってことをすっかり忘れてしまうのです。
ある日の自由時間、サンドバッグを打ってるときに、ボビーが言ったんです。
「エクセレント!(お前、素晴らしいぞ!)」。
「エクセレント!」。
それが自分に向けられた言葉でないことはわかってたので、ボビーが叫ぶたびにバッグを打つのをやめて周りを見ました。
しまいに、ボビーが怒りました。
「マイク!どうしてキョロキョロする!続けろ!さっきの打ち方だ!まっすぐきっちりナックルを当てろ!」。
しばらく続けていると、自分でもいい感じだなという打ち方をしたときに、ボビーが「エクセレント!」と声をかけてくれてることがわかりました。
そのときは嬉しいというよりも、この人は変わり者で頭が少しおかしいんだと思いました。私を褒めてくれる人なんて世界に1人もいないはずですから。
実際に、ボビーのことをみんなが「トライオン(刑務所)の馬鹿」と呼んでいました。
その日の夜は消灯後もしばらく眠れませんでした。
「エクセレント!」。ボビーの声がはっきり聞こえるんです。
変人でも頭がおかしい人でも、人からそんな素晴らしい言葉をもらったことなんて一度もなかったから、…なぜか涙が止まりませんでした。
涙はいつだって冷たく頬を伝うはずなのに、その夜の涙は熱くて、火傷しそうなくらいでした。だから、何度もなんどもシーツで涙を拭きましたが、朝まで熱い涙があふれてどうしようもありませんでした。
ボビーが「お前はものすごい才能だ。俺みたいなのじゃダメだ。すごい人がいる。今は世間から誤解されて隠遁しているがとんでもない名伯楽を知ってるんだ。その人にお前を紹介したい」と誘ってくれたとき、周囲の院生は「騙されるな、咬ませ犬のボクサーにされるだけ」と注意してくれました。
でも、私はボビーになら騙されてもいいと思っていましたから、彼に従いました。
ボビーが「世間が誤解したために隠遁している偉大なマスター(名伯楽)」という、いかにも怪しい人が、カス・ダマトだったのです。
最初に会ったときの印象?
小さなしゃがれ声のしわくちゃの老人で、「偉大なマスター」にはどこからどう見てもかけ離れた容貌でした。
当時、私は13歳か14歳、キャッツキルの薄暗い板敷きのジムで、ボビー相手にマスボクシングとミット打ちを見せました。
それが終わって老人を見ると、目を閉じて寝ていました。
静かに目を開けると「最初は地元のトーナメント、それから地区大会、そして全米大会。そしてオリンピックのヘビー級で金メダルを獲る。おそらく、そのプロセスでお前は一度も躓かない」と静かに気だるそうに語りました。
少年院で「騙されるな」と言われたのは、こういうことなのかと思ったけど、どうせゴミなんだからどこで最後に焼かれようが関係ないと思いました。
そして、更生プログラムの一環でキャッツキルのダマトのジムに通うことが許された私が、最初の日に案内されたのはリングのある練習場所ではなく、小さなカスの書斎でした。
そこで「自分の名前を書けるか?」と聞かれ、私は「当たり前だろ、書けるさ」と虚勢を張りました。老人は静かに鉛筆と紙を机の上に置きました。
自分の心臓がドキドキする音が耳にまで聞こえました。
今まで数え切れないくらいに浴びせられた罵声が耳鳴りました。
「嘘をつくな!犯罪人の黒人め!」「書けるなら、ここに書いてみろ!」「まさか自分の名前も書けないのか?!」 「なんて無教養な黒人なんだ!自分の名前も書けないなんて!」「出て行け!字も書けない黒人は要らない!」…。
そういう罵声を浴びせられる予感、直感に、身体中がざわざわしました。この老人を殴り倒して脱走しようかとも思いましたが、そうしたらボビーの顔をつぶしてしまう。
私は、怒りと幻滅の虫酸が身体中に走る感覚に、これは危険だぞと焦りました、このままだとこの老人を殴り殺してしまう、と。
老人がとった行動は全く予想もしてないことでした。
カスが自分で鉛筆を取って「Constantine Cus D'Amato」、その隣に「Michael Gerard Tyson」と書いて私に見せたのです。
そして「これは丁寧な本名、フルネームだ。書いてみろ」と言われ、その通りに書きましたが、当たり前ですが、私にはうまく書けません。
私が「ごめんなさい」と謝ると、カスは「こんなものはすぐ上達するし、もうすぐお前のサインはとんでもない価値が出る。この紙切れだって10年後にはとんでもないお宝になっているだろう」と言いました。
そのときの私にはカスが狂人にしか思えませんでした。それでも、優しく読み書きを教えてくれる老人 でした。
私は「その紙に価値があるなら今、おカネが欲しい」 と言うとカスは「今はこの紙には何の価値もない。燃料のタシにもならない」と暖炉に投げ込みました。
紙が真っ黒に焼けてあっという間に焼失するさまと、狂人のカスに私は怖くなりました。
「五輪で金メダルを獲ればいいの?金メダルを獲ったらボビーもカスも喜んでくれる?」と聞く私にカスは「もちろん、その夜はパーティだ。そして次はプロで世界ヘビー級チャンピオンだ。お前はそこまで辿り着ける」と答えてくれました。
暖炉で燃えさかる炎を2人でじっと見ていました。
「プロで世界ヘビー級チャンピオンになれば、どんな夢も叶うの?」。
「そんなことを言うなんてマイクは面白いな。世界ヘビー級チャンピオンになれば、どんなことでも思い通りだろ」。
「シルベスター・スタローンにも会える?」
「やっぱりお前は面白い。いいか、マイク?世界ヘビー級チャンピオンになればスタローンの方がお前に会いに来る、順番の列に並んでな」。
ヘイ!みんな!すごく頷いて、泣いてくれてる人もいるけど、ここは常軌を逸した老人と、常軌を逸した13歳だか14歳の子供の会話なんだぜ!
だから笑ってくれてもいいんだぜ!
そして、この話はまだまだ続くんだよ!このブロードウェイの舞台で観客のみんなに私の全てを全部お見せするんだから!
Undisputed な特別な夜にしましょう!
…謝らなければならないことがあります。残念ながら、私が戦う姿を見せられないのです。
私は見せるつもりで、そうだなあ、ホリフィールドやレノックス・ルイスにリクエストしてたんだけど、スタッフの手違いでリングを手配してなかったんだ!
なんてこった!!
ありがとう。ありがとう。そう、ここは笑うとこなんだ。笑ってくれて、ありがとう。
じゃあ、次に進むよ。
無能な私ではうまく伝わるわけもなく、意味がわからない、支離滅裂とかあると思いますが、そんな批判はコメントして下さい。移動中以外は100%酔っ払い(移動中も高確率で酔っ払いですが)の駄文で恐縮ですが、修正、補足、付け足し、などなどいたします。
*******
Forging “iron” Mike Tyson
私は世間知らずで、本当に何の教養もありませんでした。
カス・ダマトが最初に教えてくれたのは読み書きと、自分の名前をどう書くかでした。
彼は、世界から置いてけぼりを食っていた私を、世界なんてどうせ私を虫けら程度にしか思ってないと信じていた私を「そんことはない。世界は素晴らしい。生きてるって素晴らしい」と導いてくれたのです。
He taught me how to read, how to write, how to sign my name.
カスに出会う前に、私はボビー・スチュワートという少年院の教官からボクシングを初めて教わりました。
当たり前ですが、少年院まで訪ねてドアをノックして「ボクシングを教えて下さい」とお願いしたわけじゃありません。 少年院なんて行きたくなかったけど、諸事情が重なって私はそこに何度も何度も放り込まれたのです。
少年院ではゴミ同然に扱われましたが、それは少年院の外でも同じことでしたから、それに対しては何の感情もありませんでした。
なによりも、自分自身がゴミだってことをよくわかっていました。
世界中の誰1人も、私のことなんて必要としていない、だから私だってそんな世界は必要ないと思いました。だから、世界に向かって、そういう振る舞いをしました。
私が世界に必要とされないゴミが集まる場所、ゴミ箱に放り込まれるのも当然だと思いました。
ゴミはゴミ箱に放り込まれて、最後は焼かれて捨てられるのです。
そんな、ゴミにボビーはパンチとボックスの仕方を教えてくれました。誰かにああしろ、こうしろと言われるのは一番嫌なことでしたが、理由はわからなかったけど、なぜか反抗せずにやってみました。
信じられないくらいに、楽しい気持ちになりました。今、思い出しても私の人生で最も幸せだった瞬間の一つです。
シャドウボクシングやサンドバッグやパンチングボールはもちろん、ロープスキッピングでも楽しかったのです。夢中になってると、自分がゴミクズだってことをすっかり忘れてしまうのです。
ある日の自由時間、サンドバッグを打ってるときに、ボビーが言ったんです。
「エクセレント!(お前、素晴らしいぞ!)」。
「エクセレント!」。
それが自分に向けられた言葉でないことはわかってたので、ボビーが叫ぶたびにバッグを打つのをやめて周りを見ました。
しまいに、ボビーが怒りました。
「マイク!どうしてキョロキョロする!続けろ!さっきの打ち方だ!まっすぐきっちりナックルを当てろ!」。
しばらく続けていると、自分でもいい感じだなという打ち方をしたときに、ボビーが「エクセレント!」と声をかけてくれてることがわかりました。
そのときは嬉しいというよりも、この人は変わり者で頭が少しおかしいんだと思いました。私を褒めてくれる人なんて世界に1人もいないはずですから。
実際に、ボビーのことをみんなが「トライオン(刑務所)の馬鹿」と呼んでいました。
その日の夜は消灯後もしばらく眠れませんでした。
「エクセレント!」。ボビーの声がはっきり聞こえるんです。
変人でも頭がおかしい人でも、人からそんな素晴らしい言葉をもらったことなんて一度もなかったから、…なぜか涙が止まりませんでした。
涙はいつだって冷たく頬を伝うはずなのに、その夜の涙は熱くて、火傷しそうなくらいでした。だから、何度もなんどもシーツで涙を拭きましたが、朝まで熱い涙があふれてどうしようもありませんでした。
ボビーが「お前はものすごい才能だ。俺みたいなのじゃダメだ。すごい人がいる。今は世間から誤解されて隠遁しているがとんでもない名伯楽を知ってるんだ。その人にお前を紹介したい」と誘ってくれたとき、周囲の院生は「騙されるな、咬ませ犬のボクサーにされるだけ」と注意してくれました。
でも、私はボビーになら騙されてもいいと思っていましたから、彼に従いました。
ボビーが「世間が誤解したために隠遁している偉大なマスター(名伯楽)」という、いかにも怪しい人が、カス・ダマトだったのです。
最初に会ったときの印象?
小さなしゃがれ声のしわくちゃの老人で、「偉大なマスター」にはどこからどう見てもかけ離れた容貌でした。
当時、私は13歳か14歳、キャッツキルの薄暗い板敷きのジムで、ボビー相手にマスボクシングとミット打ちを見せました。
それが終わって老人を見ると、目を閉じて寝ていました。
静かに目を開けると「最初は地元のトーナメント、それから地区大会、そして全米大会。そしてオリンピックのヘビー級で金メダルを獲る。おそらく、そのプロセスでお前は一度も躓かない」と静かに気だるそうに語りました。
少年院で「騙されるな」と言われたのは、こういうことなのかと思ったけど、どうせゴミなんだからどこで最後に焼かれようが関係ないと思いました。
そして、更生プログラムの一環でキャッツキルのダマトのジムに通うことが許された私が、最初の日に案内されたのはリングのある練習場所ではなく、小さなカスの書斎でした。
そこで「自分の名前を書けるか?」と聞かれ、私は「当たり前だろ、書けるさ」と虚勢を張りました。老人は静かに鉛筆と紙を机の上に置きました。
自分の心臓がドキドキする音が耳にまで聞こえました。
今まで数え切れないくらいに浴びせられた罵声が耳鳴りました。
「嘘をつくな!犯罪人の黒人め!」「書けるなら、ここに書いてみろ!」「まさか自分の名前も書けないのか?!」 「なんて無教養な黒人なんだ!自分の名前も書けないなんて!」「出て行け!字も書けない黒人は要らない!」…。
そういう罵声を浴びせられる予感、直感に、身体中がざわざわしました。この老人を殴り倒して脱走しようかとも思いましたが、そうしたらボビーの顔をつぶしてしまう。
私は、怒りと幻滅の虫酸が身体中に走る感覚に、これは危険だぞと焦りました、このままだとこの老人を殴り殺してしまう、と。
老人がとった行動は全く予想もしてないことでした。
カスが自分で鉛筆を取って「Constantine Cus D'Amato」、その隣に「Michael Gerard Tyson」と書いて私に見せたのです。
そして「これは丁寧な本名、フルネームだ。書いてみろ」と言われ、その通りに書きましたが、当たり前ですが、私にはうまく書けません。
私が「ごめんなさい」と謝ると、カスは「こんなものはすぐ上達するし、もうすぐお前のサインはとんでもない価値が出る。この紙切れだって10年後にはとんでもないお宝になっているだろう」と言いました。
そのときの私にはカスが狂人にしか思えませんでした。それでも、優しく読み書きを教えてくれる老人 でした。
私は「その紙に価値があるなら今、おカネが欲しい」 と言うとカスは「今はこの紙には何の価値もない。燃料のタシにもならない」と暖炉に投げ込みました。
紙が真っ黒に焼けてあっという間に焼失するさまと、狂人のカスに私は怖くなりました。
「五輪で金メダルを獲ればいいの?金メダルを獲ったらボビーもカスも喜んでくれる?」と聞く私にカスは「もちろん、その夜はパーティだ。そして次はプロで世界ヘビー級チャンピオンだ。お前はそこまで辿り着ける」と答えてくれました。
暖炉で燃えさかる炎を2人でじっと見ていました。
「プロで世界ヘビー級チャンピオンになれば、どんな夢も叶うの?」。
「そんなことを言うなんてマイクは面白いな。世界ヘビー級チャンピオンになれば、どんなことでも思い通りだろ」。
「シルベスター・スタローンにも会える?」
「やっぱりお前は面白い。いいか、マイク?世界ヘビー級チャンピオンになればスタローンの方がお前に会いに来る、順番の列に並んでな」。
ヘイ!みんな!すごく頷いて、泣いてくれてる人もいるけど、ここは常軌を逸した老人と、常軌を逸した13歳だか14歳の子供の会話なんだぜ!
だから笑ってくれてもいいんだぜ!
そして、この話はまだまだ続くんだよ!このブロードウェイの舞台で観客のみんなに私の全てを全部お見せするんだから!
Undisputed な特別な夜にしましょう!
…謝らなければならないことがあります。残念ながら、私が戦う姿を見せられないのです。
私は見せるつもりで、そうだなあ、ホリフィールドやレノックス・ルイスにリクエストしてたんだけど、スタッフの手違いでリングを手配してなかったんだ!
なんてこった!!
ありがとう。ありがとう。そう、ここは笑うとこなんだ。笑ってくれて、ありがとう。
じゃあ、次に進むよ。

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