ノニト・ドネアのキャリアはまだ終わっていない。

現役選手に「あなたのベストファイトを7つ挙げて下さい」とリクエストしたら、嫌な顔をされて「次からの7試合がベスト7になるから答えられない」とチャプリンのような台詞を吐かれるのが関の山だ.。

しかし、フィリピンの閃光は「じゃあ時系列で振り返って考えてみましょうか」と笑ってリング誌に付き合ってくれる懐の深さを持っている。


◉◉◉❶ビック・ダルチニアン戦(2007年7月7日/コネチカット州ブリッジポート ハーバーヤードアリーナ)◉◉◉

ダルチニアンはIBFとIBOフライ級王者で誰もが階級最強と信じていた。

試合前の記者会見で、彼はオーストラリアのヘルメットを突きつけて「明日、お前は破壊されるのだからこれを被れ」と言い放った。

前の年に兄貴のグレンが負けてたから敵討ちの気持ちがあったけど、この記者会見でもう一つスイッチが入った。「絶対、こいつを叩きのめす」ってね。

初めての世界戦、グレンの敵討ち、そんなプレッシャーはリングに上がったときには消し飛んでた。単純にダルチニアンをぶん殴ることだけに集中できていた。

ダウンを奪った左のカウンターは手応え十分だったけど、心の底から「もう1回ぶっ倒してやるから立って来い」と願っていたんだ。

試合が終わったとわかったときは狂ったみたいにリングをかけ回った。そのときに「あ、私は世界王者になったんだ」と気づいたんだよ。

RESULT:5ラウンドTKO勝ち。リング誌の年間最高KO賞と年間最大番狂わせ賞に同時選出。
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◉◉◉❷モルティ・ムザラネ(2008年11月1日/ネバダ州ラスベガス マンダレイ・ベイ・イベンツセンター)

2度目の防衛戦の相手は南アフリカのファイターだった。モルティはとにかく攻撃的だったから、作戦はとにかくボクシングに徹することだった。

しかし、試合前1週間になって酷い喘息を患ってしまって、ドクターからはキャンセルするしかないと助言された。普通に呼吸するのも苦しいのに、ドーピング検査があるから薬は飲めないし。

ここでキャンセルするわけにはいかなかった。試合では肺が苦しくてどうしようもなかったけど、いいパンチを何発かお見舞いできた。

不運と幸運は別のものじゃないと知ったよ。複雑に絡み合って人の前でうねってるんだ。

私のパンチでモルティが目の上をカットした。今まで、あんなに深い傷は見たことがないほどで試合は止められた。そのとき、私の肺は限界だった。

強靭なモルティは運が悪かった。私はリング上で彼と抱き合い「今夜は君に運がなかった。再戦しよう」と約束したけど、私は階級を上げることになって叶わなかった。

同い年のモルティが今も世界王者で活躍してる姿は本当に励みになる。彼に会ったら「ありがとう」と伝えて。そして「約束の再戦をいつにしようか、ドネアが待ちわびている」ともね。

RESULT:6ラウンドTKO勝ち。