英国ボクシングニューズの定期購読を再開しました。
リング誌もそうですが「世界のボクシング=海外のボクシング」という等式で見るなら、残念ながら国内メディア・雑誌の記事は独自性は言うに及ばず、深さの点でも全く物足りません。
もちろん、リング誌が井上尚弥を単独カバーしてもその内容はぼんやりした日本ボクシングの輪郭をなぞる程度で、浅くて薄くて二番煎じです。
そのボクシングニューズ誌、6月20日号でトーマス・ハウザー(モハメド・アリに関する数々の著作でも有名なノンフィクションライター)が寄稿してるのでご紹介します。
*******************
KEVIN McBRIDE:‘I'VE BEEN THERE’
2019年6月1日。アンディ・ルイスJr.がアンソニー・ジョシュアを沈めて世界を震撼させたマジソン・スクエア・ガーデンにカジュアルな服装に身を包んだ屈強な1人の男が周囲に愛想を振りまいていた。
身長198㎝、体重は300ポンド(約136㎏)を優に超えているだろう。
彼のことを知らない人は「メガファイトに招待された有名なNFLのラインマン」と勘違いしたかもしれない。
ただし、ボクシングファンならそれがライトなファンであっても、この大男に見覚えがないなんてことはありえない。
ケビン・マクブライド。46歳になるアイルランド人。
今から14年前の2005年6月11日、ワシントンMCIセンターの夜。彼は歴史にその名を刻み込んだ。
マイク・タイソンを引退に追い込んだ〝 The Clones Colossus(アイルランドの巨大な象)〟は1973年3月10日、北アイルランドとの国境付近の小さな村クローンで生まれた。
ボクシングの試合に初めて出場したのは11歳か12歳のとき。
そのときは、わずか30秒でレフェリーにストップされてしまった。
「それでも次の試合に勝った。それからはボクシングにのめりこんだよ」。
19歳の時にはバルセロナ五輪のアイルランド代表の切符を掴み取り、スーパーヘビー級で出場。五輪を2回戦敗退で終わると、その年にプロ転向。
当時のヘビー級は米国を中心に回っていた。1999年、マクブライドが大西洋を渡るのは当然の選択だった。
「2005年6月11日の夜」までに積み重ねたキャリアは37戦32勝(27KO)4敗1分。
数字は立派だったが名前のある相手との対戦は皆無、4つの敗北は全てKO負け。そのうちの一つは雑魚中の雑魚、マイケル・マレイに3ラウンドでノックアウトされたもの。マレイは引退までの18戦が1勝17敗と目も当たれらない負け犬ボクサーだったが、その唯一の1勝がマクブライド戦だった。
このまま静かにキャリアを閉じると思われていた32歳のアイルランド人に考えられる最大のチャンスが舞い込む。
とっくの昔に化けの皮が剥がれたタイソンでも、まだまだ人気は健在。実績がなく打たれ弱いマクブライドは、格好の生贄に思われた。
「自分を恐れない相手とは戦いたくない」というタイソンだったが「マクブライドはでかいだけで気が弱くて顎も弱い」と説き伏せられます。
ワシントンDCで行われた試合前会見でタイソンを初めて生で見たマクブライドは「本当に顔に刺青してる!テレビで見てたのと同じだ!本物のマイク・タイソンだ!」と舞い上がったと言います。
「ただ、負けるとは思わなかった。タイソンが精神的にものすごく弱いことはわかっていたから。後ろに下がらせれば簡単に勝てる、タイソンが自滅するのもわかっていた。(ホリフィールドのように)耳を噛まれたり、(レノックスのように)太ももに噛み付かれるのは警戒してたけど」。
「タイソンに勝つには、自分が弱いと思わせないこと。不屈の精神を伝えればタイソンがどんどん弱くなるのは、テレビで何度も見ていた。逆に気弱になった相手を攻め落とすのは天才的、だから俺はおまえなんか怖くない、お前の方が怖がってるんだろ?と威圧することだ」。
「最初からタイソンが怖がっていたことには少し戸惑った。彼は何度も私の乳首を噛もうとしてきた。ヘッドバットや肘打ち、ローブロウも酷かったのにレフェリーは無視するし。でもタイソンが怖がってるのがはっきりわかるのは、本当に勇気になった」。
タイソンの頭突き行為でマクブライドは左目上を17針も縫った。
I hate smell of a gym. I hate the boxing game. ジムの匂いがたまらなく嫌いなんだ。ボクシングも本当に嫌なんだ。
タイソンは試合後の会見で心境を吐き出します。「試合だけじゃない、練習も嫌なんだ。勝ってるときも怖かったけど、相手はそれ以上に怖がってくれたから…でも今はそうじゃない、今夜のマクブライドのようにものすごい精神力で倒そうとしてくるんだ…怖いのかって?そうだ、こんなに怖いことはこれ以上したくないんだ」。
マクブライド「頭をぶつけてくるときに耳元で囁いてやったんだ。怖いか?そんなに怖いか?今に楽にしてやるからな…レノックスが囁いたのと同じ言葉に彼はパニックになった」。
「タイソンはラウンドが進むとどんどん臆病になって、どんどん疲れていった。ブレイクのときにはレフェリーに拳や膝が痛いと泣き言をいう始末だった。痛そうには見えなかったけど」。
あからさまにタイソン寄りのレフェリーだったが6ラウンドにはもはや見過ごすことが出来ない頭突き行為でタイソンは2ポイント減点。そして、自分からイヤ倒れ。
コーナーの励ましにも首を振って7ラウンド開始ゴングには応じなかった。
タイソンに勝利したマクブライドは故郷アイルランドのクローンに凱旋しました。
「時差の関係で試合は朝4時だったのに、村の誰もが寝ないで開始ゴングを待っててくれたんだ。
行く先々で写真を一緒に撮ってくれ、サインしてくれとせがまれた。街を歩けば小さい子供達が何人も付いてきた。
しかし、タイソン後は2勝6敗と大きく負けが混み2011年に引退。今は、妻と14歳の娘、11歳の息子と幸せな日常を送っている。
「最後にタイソンにあったのは去年の殿堂式典だった。タイソンは私のことを忘れてるかもしれないから、こっちから挨拶したんだ」。
「ハイ!マイク、ケビン・マクブライドだ、覚えてる?」と声をかけられたタイソンは「知ってるさ」とだけ答えると軽く握手したという。
「それだけだったけどね。私のとっては人生の絶頂でも、彼にとっては人生のどん底の記憶の一つだろうから…あのときの反則は酷すぎたとかそんな話はできないよ」。
「タイソンじゃなかったら、あそこまで酷い反則を受けたら許せないけど…タイソンだからね。大きなチャンスもくれたし、やっぱり彼は偉大なボクサーだよ」。
「最近のヘビー級?10歳若ければなあって思いながら見てるよ。ファンはケイティ・テイラー(女子の統一ライト級王者)!アーロンとステファンのマッケンナ兄弟も応援してる。やっぱりアイルランドのボクサーは特別だ」。
「アンディ・ルイスJr.はやってのけたね。今、彼がどんな気持ちか、私にはよくわかるよ」。
So in one night, I beat a legend and I met the greatest legend of all time. I still can't believe it happened.
「タイソンを倒した男と記憶されるのは悪くない。でも、自分にとってあの夜は1人の伝説を倒して、史上最高の伝説に初めて会った夜でもあるんだ。モハメド・アリがリングサイドに来てたんだ。試合後に会ったよ。何か言われたけど緊張してしまって、思い出せない」。
「そう。私はたった一晩で伝説を倒して神話にも会ったんだ。こんなことが起きただなんて、今でも信じられないさ」。
リング誌もそうですが「世界のボクシング=海外のボクシング」という等式で見るなら、残念ながら国内メディア・雑誌の記事は独自性は言うに及ばず、深さの点でも全く物足りません。
もちろん、リング誌が井上尚弥を単独カバーしてもその内容はぼんやりした日本ボクシングの輪郭をなぞる程度で、浅くて薄くて二番煎じです。
そのボクシングニューズ誌、6月20日号でトーマス・ハウザー(モハメド・アリに関する数々の著作でも有名なノンフィクションライター)が寄稿してるのでご紹介します。
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KEVIN McBRIDE:‘I'VE BEEN THERE’
2019年6月1日。アンディ・ルイスJr.がアンソニー・ジョシュアを沈めて世界を震撼させたマジソン・スクエア・ガーデンにカジュアルな服装に身を包んだ屈強な1人の男が周囲に愛想を振りまいていた。
身長198㎝、体重は300ポンド(約136㎏)を優に超えているだろう。
彼のことを知らない人は「メガファイトに招待された有名なNFLのラインマン」と勘違いしたかもしれない。
ただし、ボクシングファンならそれがライトなファンであっても、この大男に見覚えがないなんてことはありえない。

今から14年前の2005年6月11日、ワシントンMCIセンターの夜。彼は歴史にその名を刻み込んだ。
マイク・タイソンを引退に追い込んだ〝 The Clones Colossus(アイルランドの巨大な象)〟は1973年3月10日、北アイルランドとの国境付近の小さな村クローンで生まれた。
ボクシングの試合に初めて出場したのは11歳か12歳のとき。
そのときは、わずか30秒でレフェリーにストップされてしまった。
「それでも次の試合に勝った。それからはボクシングにのめりこんだよ」。
19歳の時にはバルセロナ五輪のアイルランド代表の切符を掴み取り、スーパーヘビー級で出場。五輪を2回戦敗退で終わると、その年にプロ転向。
当時のヘビー級は米国を中心に回っていた。1999年、マクブライドが大西洋を渡るのは当然の選択だった。
「2005年6月11日の夜」までに積み重ねたキャリアは37戦32勝(27KO)4敗1分。
数字は立派だったが名前のある相手との対戦は皆無、4つの敗北は全てKO負け。そのうちの一つは雑魚中の雑魚、マイケル・マレイに3ラウンドでノックアウトされたもの。マレイは引退までの18戦が1勝17敗と目も当たれらない負け犬ボクサーだったが、その唯一の1勝がマクブライド戦だった。
このまま静かにキャリアを閉じると思われていた32歳のアイルランド人に考えられる最大のチャンスが舞い込む。
とっくの昔に化けの皮が剥がれたタイソンでも、まだまだ人気は健在。実績がなく打たれ弱いマクブライドは、格好の生贄に思われた。
「自分を恐れない相手とは戦いたくない」というタイソンだったが「マクブライドはでかいだけで気が弱くて顎も弱い」と説き伏せられます。
ワシントンDCで行われた試合前会見でタイソンを初めて生で見たマクブライドは「本当に顔に刺青してる!テレビで見てたのと同じだ!本物のマイク・タイソンだ!」と舞い上がったと言います。
「ただ、負けるとは思わなかった。タイソンが精神的にものすごく弱いことはわかっていたから。後ろに下がらせれば簡単に勝てる、タイソンが自滅するのもわかっていた。(ホリフィールドのように)耳を噛まれたり、(レノックスのように)太ももに噛み付かれるのは警戒してたけど」。
「タイソンに勝つには、自分が弱いと思わせないこと。不屈の精神を伝えればタイソンがどんどん弱くなるのは、テレビで何度も見ていた。逆に気弱になった相手を攻め落とすのは天才的、だから俺はおまえなんか怖くない、お前の方が怖がってるんだろ?と威圧することだ」。
「最初からタイソンが怖がっていたことには少し戸惑った。彼は何度も私の乳首を噛もうとしてきた。ヘッドバットや肘打ち、ローブロウも酷かったのにレフェリーは無視するし。でもタイソンが怖がってるのがはっきりわかるのは、本当に勇気になった」。
タイソンの頭突き行為でマクブライドは左目上を17針も縫った。
I hate smell of a gym. I hate the boxing game. ジムの匂いがたまらなく嫌いなんだ。ボクシングも本当に嫌なんだ。
タイソンは試合後の会見で心境を吐き出します。「試合だけじゃない、練習も嫌なんだ。勝ってるときも怖かったけど、相手はそれ以上に怖がってくれたから…でも今はそうじゃない、今夜のマクブライドのようにものすごい精神力で倒そうとしてくるんだ…怖いのかって?そうだ、こんなに怖いことはこれ以上したくないんだ」。
マクブライド「頭をぶつけてくるときに耳元で囁いてやったんだ。怖いか?そんなに怖いか?今に楽にしてやるからな…レノックスが囁いたのと同じ言葉に彼はパニックになった」。
「タイソンはラウンドが進むとどんどん臆病になって、どんどん疲れていった。ブレイクのときにはレフェリーに拳や膝が痛いと泣き言をいう始末だった。痛そうには見えなかったけど」。
あからさまにタイソン寄りのレフェリーだったが6ラウンドにはもはや見過ごすことが出来ない頭突き行為でタイソンは2ポイント減点。そして、自分からイヤ倒れ。
コーナーの励ましにも首を振って7ラウンド開始ゴングには応じなかった。
タイソンに勝利したマクブライドは故郷アイルランドのクローンに凱旋しました。
「時差の関係で試合は朝4時だったのに、村の誰もが寝ないで開始ゴングを待っててくれたんだ。
行く先々で写真を一緒に撮ってくれ、サインしてくれとせがまれた。街を歩けば小さい子供達が何人も付いてきた。
しかし、タイソン後は2勝6敗と大きく負けが混み2011年に引退。今は、妻と14歳の娘、11歳の息子と幸せな日常を送っている。
「最後にタイソンにあったのは去年の殿堂式典だった。タイソンは私のことを忘れてるかもしれないから、こっちから挨拶したんだ」。
「ハイ!マイク、ケビン・マクブライドだ、覚えてる?」と声をかけられたタイソンは「知ってるさ」とだけ答えると軽く握手したという。
「それだけだったけどね。私のとっては人生の絶頂でも、彼にとっては人生のどん底の記憶の一つだろうから…あのときの反則は酷すぎたとかそんな話はできないよ」。
「タイソンじゃなかったら、あそこまで酷い反則を受けたら許せないけど…タイソンだからね。大きなチャンスもくれたし、やっぱり彼は偉大なボクサーだよ」。
「最近のヘビー級?10歳若ければなあって思いながら見てるよ。ファンはケイティ・テイラー(女子の統一ライト級王者)!アーロンとステファンのマッケンナ兄弟も応援してる。やっぱりアイルランドのボクサーは特別だ」。
「アンディ・ルイスJr.はやってのけたね。今、彼がどんな気持ちか、私にはよくわかるよ」。
So in one night, I beat a legend and I met the greatest legend of all time. I still can't believe it happened.
「タイソンを倒した男と記憶されるのは悪くない。でも、自分にとってあの夜は1人の伝説を倒して、史上最高の伝説に初めて会った夜でもあるんだ。モハメド・アリがリングサイドに来てたんだ。試合後に会ったよ。何か言われたけど緊張してしまって、思い出せない」。
「そう。私はたった一晩で伝説を倒して神話にも会ったんだ。こんなことが起きただなんて、今でも信じられないさ」。
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