〓〓〓辰吉丈一郎が蒔いた夢想花〓〓〓
辰吉丈一郎の登場は、デビュー前の前奏からして特別でした。
「大阪帝拳に怪物がいる」「渡辺二郎をスパーで圧倒した」「(六車卓也が空位のWBAバンタムを争った)アサエル・モランを痛烈に倒した」…。
その前評判からデビュー戦のオファーを出した全ての日本ランカーが対戦を拒否、1989年韓国ランカーの崔相勉を2ラウンドKOに屠り、2戦目は東京ドームでマイク・タイソンの前座をつとめ、3戦目でWBCインター王者サムエル・デュランをKO、4戦目で日本チャンピオン岡部繁を粉砕したときの熱気と期待感は、井岡一翔や井上尚弥の世界挑戦前夜とは比較対象にもなりません。
「ファイティング原田よりも上に行く」。当時、こんなことを言っても誰も寝言には聞こえない説得力が辰吉のパフォーマンスから伝わりました。
凡庸な世界ランカー、アブラハム・トーレスの技巧に両目を腫らして引き分け。それでも、20歳の天才にはいい勉強になったと多くのファンは受け入れました。
当時のバンタムはWBAバージョンで文成吉やカオコー・ギャラクシー、ルイシト・エスピノサが入り乱れる群雄割拠だったのに対して、WBCはクラス最強と目されるミゲール〝ハッピー〟ロラが君臨。
ロラの絶対政権を倒したラウル・ペレスは7連続防衛中でしたが、番狂わせでグレグ・リチャードソンにベルトを掠め取られてしまいます。ロラ、ペレスから王位を継承したリチャードソンを階級最強と考えられたのは当然でした。
今思えば、当時最強のバンタムはエスピノサでしょうが、それは結果論。
1991年、辰吉は具志堅の記録を更新する8戦目でリチャードソンからタイトルを強奪。このとき、日本中のスポーツファンが「今までとは違う世界を見せてくれるチャンピオンの登場」と確信しました。
今も井上尚弥や、少し前なら山中慎介や西岡利晃、長谷川穂積らに無知なファンが夢をかける「ラスベガスでビッグファイト」、軽量級では絶対に咲くことのない夢想花を最初に思い起こさせてくれたのは辰吉でした。
眼疾によるブランクで辰吉のボクシングが狂ってしまったというのは、大間違いです。
それは、カス・ダマトがいなくなったからタイソンが負けたというのと同じです。
タイソンが精神的に脆弱で、長くて速いジャブを裁けないこと、雑魚相手に東京ドームでダウンを奪われた辰吉が防御面で致命的な欠陥を抱えていることは、最初から明らかでした。
もちろん、そんな欠陥を全て包み隠すほどの、誰もが目を奪われる華美で分厚い魔法のガウンを彼らは確かに身にまとっていたのです。
ただ、あのとき辰吉が本当に強くて、IBF王者オルランド・カニザレスも飲み込んでくれていたら…軽量級には〝ラスベガス〟なんて存在しないとはっきり証明してくれることになったのですが…。

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