ベン・ダヴィソンとビリー・ジョー・サンダースは10代からの知り合いだったが、サンダースのヘッドトレーナーはジミー・ティブス(ロイド・ハニーガン、バリー・マクギガン、ナイジェル・ベン、クリス・ピヤット、アレックス・アーサーらをコーチ)が担っていた。

それでもサンダースはダヴィソンのメソッドに関心を示し、その指導を仰ぐことも多々あった。

「ベンはこっちが迷っていること、悩んでいることがわかるんだ。そして、わかりやすく導いてくれる」。

2015年12月19日、サンダースは念願の世界タイトルマッチのリングに上がった。

狙うは、同じ英国のアンディ・リーが腰に巻くWBOミドル級のチャンピオンベルト。 サウスポー同士の難しい戦いだ。

サンダースは「気力が充実していて、ゴングが鳴るのが待ち遠しかった。絶対に勝つ、絶対に勝てる、そう自分に言い聞かせていた」と振り返る。

「そんな私にベンは『力を抜け。スピードで勝っているんだからよく見ていけ。力むとそのスピードが鈍る。右リードが合うはずだ。カウンターのタイミングを測れ』と手綱を引くんだよ。こっちは挑戦者、前に出て主導権を取りたいと意気込んでいたのに」。

「ベンは何もかもお見通しなのさ。リラックスしてカウンターを狙う作戦が正しいことは、すぐにわかった。リーとの距離、タイミング…確かに右フックが当たると1ラウンドでわかった。もし、ベンがいなかったら強引に攻めてペースを握れないまま、ずるずるラウンドを失っていたと思う」。

3ラウンドにその右がヒット、チャンピオンから貴重なダウンを奪うと2−0(115−111/114−112/113−113)でサンダースは王座獲得に成功した。
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ベン・ダヴィソン。会見での落ち着き払った態度からはとても26歳とは思えません。

サンダースは初防衛戦を前にティブスと袂を分かつ。

全幅の信頼を寄せるダヴィソンとのコンビは前途洋々に見えたが、当時27歳のサンダースは若さという欠点をリングの外で晒け出してしまう。

2016年12月3日、相手は無名のロシア人、アーサー・アカボフ。

リーに勝利した慢心と、初防衛戦に格下を迎える油断がサンダースの肉体を218ポンドまで膨れ上がらせていたのだ。

ミドル級リミット160ポンドまで落とすのは正気の沙汰ではない。地獄のような減量にサンダースはのたうち回った。

それでも計量の朝に走り込み、5ポンド落としたが、8ポンドオーバーで秤に乗ってしまう。

制限時間内にリミットまで落としたが、完全な脱水状態で水も受け付けない。

ゾンビのようなサンダースを見てダヴィソンは「戦わせるべきじゃないと思った。とても12ラウンド戦える健康状態じゃなかった」と告白するが「アカボフは12ラウンドの経験が一度しかない。その不安につけ込むことが出来れば、ごまかせるという確信もあった」とサンダースをリングに送り出す。

3−0(116−112/116−113/115−113)で防衛に成功、ダヴィソンは「非常に難しい僅差の試合だった。サンダースの評価はあの一戦で下がったかもしれないが、我々にとってあの状態で12ラウンドを乗り切ったことで収穫もあった」と冷静に分析してみせた。



ダヴィソンはタイソン・フューリーもスペインのマーベラジムで短期的にコーチしていたが、無敗のヘビー級リネラル王者は引退状態の2年目に入っていた。

さらにフューリーはUKADの検査で禁止薬物に陽性反応を示してボクシングライセンスを剥奪され、重度の躁鬱病にも悩みながら、体重はあろうことか400パウンドに達し、このままフェイドアウトすると誰もが確信していた。

そんな折に、ダヴィソンの携帯電話が鳴った。フューリーからだった。

「もう一度リングに戻りたい。ヘッドトレーナーになってくれないか?」。

ダヴィソンを迎えたフューリーは、リング外の様々な問題を解決していく。

昨年6月9日、276パウンドバージョンの〝ジプシーキング〟はセファー・セフェリを3ラウンド終了で棄権に追い込み、8月18日には258パウンドまで絞ってフランシスコ・ピアネタを10ラウンドで退けた。

そして12月1日。

Then,on December 1,a razor-sharp 256-pound version should have won the WBC heavy weight championship from Wilder.

ダヴィソンと、256パウンドと剃刀のようにキレキレに仕上げたフューリーは、
デオンティ・ワイルダーのWBCヘビー級を奪い獲るべく大西洋を渡った。

フューリーにどうやって逆境から立ち直ったのかを訊いたことがある。

「私は大きな岐路に立っていた。ボクサーとしてのキャリアも、人生までも。真剣に自殺も考えた。そんなときベンを思い出したんだ。あいつは恐ろしく頭が切れて、ボクシングのことをよく識っていた。そして一緒にいると楽しいんだ」。

「ボクシングのことは本当によく識っている。そしてコミュニケーションをとることに関しても天才的だ。ボクシングは考えるゲームだ。その意味でも彼ほど才能のあるトレーナーはいない」。

旧知のフューリーにダヴィソンを紹介したのはサンダースだった。

サンダースは「ダヴィソンならフューリーを救えると思ったかって?みんなと同じさ、フューリーを復活させるなんてミッションインポシブルそのものだとしか思えなかったよ。ただ、ダヴィソンでダメなら仕方ない、そう考えてはいた」と回想している。

そして、ワイルダー戦について聞くと「フューリーが健康を取り戻した時点で勝つのはわかっていた、結果は判定を盗まれたけどね。もし、私がダヴィソンがコーチしたボクサーと戦うとしたらゾッとする。とにかくダヴィソンは特別なんだ」と年下のトレーナーを絶賛した。

そのワイルダー戦の作戦をダヴィソンは、隠そうとはしない。

「ワイルダーを数ヶ月かけて研究した。まず、序盤でワイルダーを空転させること。ほぼ例外なくビッグパンチャーはパンチが当たらないと単調になる。そうなると攻撃パターンが読みやすくなる。その状態を早い段階で作ることだった」。

「タイソンはワイルダーを単調なパンチャーに丸め込むことに成功したが、大きなミスも犯してしまった。単調になろうが、攻撃パターンが読めようがビッグパンチャーであることは変わらないのに」。

「こっちの射程距離は、向こうから見ても同じ。良いポジションは全く同時に悪いポジションであることを忘れてはならない、特にビッグパンチャー相手の場合はそれを忘れてしまうと致命的だ」。



ベン・ダヴィソン、26歳の若者の未来は輝いて見える。

「私の目標は至ってシンプルだ。選手の才能を引き出すこと、それだけだ。それは4回戦だろうが世界王者だろうが同じこと。何かを教えるとか、自分の型に選手をはめようなんてこれっぽっちも思ってもいない。全く逆だ。どんな選手でも個々に秘めている才能が必ずある。そいつを全部引き出したいんだ。これは本当に難しいことだけど、やり甲斐のある魅力的な仕事さ」。

ダヴィソンは「トレーナーの仕事は選手の中に知識や技術を注ぎ込むことではなく、選手の中から才能を引き出すことに主眼を置くべきだ」と逆転の発想を持っているのだ。

I just want to bring the best out of the fighters I'm working with.

「リング誌の年間最高トレーナー賞にノミネートされたことは誇りに思うよ。でもそれは私が一緒に仕事をした選手たちの才能を引き出した結果だ。これからも私がやることは何も変わらない」。

「その意味では、タイソン・フューリーと一緒に大仕事ができたことを誇りに思う。私が彼の才能を少しは引き出すことが出来たのだとしたら最高の気分だ。彼は才能の塊だよ。リングの中で強く戦う才能も、リングの外で強く生きて行く才能も。意外なことに、才能のある人間はそれに気づいていないことがよくあるんだよ」。