まさかのニュース、です。
それとも、やっぱり?なニュースでしょうか。

まず、国民栄誉賞を与えられるべきアスリートの評価は大きく二つ考えらます。
一つは、その競技において成し遂げた「業績度」です。
もう一つは、いかに国民を奮い立たせたかという「国民沸騰度」です。
「業績度」と「国民沸騰度」は必ずしも比例しません。
当たり前の話かもしれませんが、難易度の高い人気のあるスポーツで大きな業績を残したからといって国民栄誉賞がもらえるわけではないのです。
これまでアスリートで受賞した個人・団体は以下の通りですが、吉田沙保里と伊調馨の女子レスリングの二人は当該競技においては比類なき業績を残したとはいえ、テレビ視聴率を見るまでもなく「国民沸騰度」は決して高くありませんでした。
一方、女子サッカーのなでしこジャパンは、東日本大震災で打ちのめされた国民に勇気を与え、高い「国民沸騰度」を示しました。
しかし、女子サッカーにおけるワールドカップ優勝がどれほどの「業績度」なのかというと非常に怪しくなります。
男子で例えると「ワールドカップ出場権獲得」レベルの難易度か、それ以下でしょう。
また、女子レスリングよりも競技人口も競技レベルも遥かに高い男子柔道で史上初の五輪三連覇を達成(五輪三連覇自体もアジア選手初)した野村忠宏は、極めて難度の高いハードルをクリアしたにもかかわらず国民栄誉賞の俎上にも上がりませんでした。
野村のケースは「業績度」は文句無しでも、「国民沸騰度」においてはぬるま湯程度であったことから政府の腰は重かったのでしょう。
その「国民沸騰度」でいうとマックスに迫り、「業績度」でも偉大な爪痕を残しながらも国民栄誉賞が検討もされなかったのが野茂英雄です。
野茂は、大企業が作った日本のプロ野球制度を反故にして米国に渡った異端者でした。そんな〝ルール違反〟が政財界のお偉方には気に食わなかったのかもしれません。
また、大相撲の大鵬がそうであるようにこの賞は没後受賞もあり、です。
長嶋茂雄は存命ですが、国民を活気づけた「国民沸騰度」の高さが受賞理由で、その「業績度」のほとんどは1960年代に築かれたものです。なんと、半世紀も経った2013年に〝時間差〟受賞したのです。
この〝大鵬パターン〟〝長嶋パターン〟もありだとするなら、当時の「国民沸騰度」が大鵬や長嶋と比較して勝るとも劣らなかった白井義男の没後受賞や、ファイティング原田や「東洋の魔女」の時間差受賞もあってしかるべきです。
しかし、プロ野球や大相撲が過去のグレートが引退後も大きな存在感を示しているのに対して、ボクシングやバレーの世界では偉大な記憶は時代とともに希薄化されてしまっています。
大鵬や長嶋の受賞に国民は「今さら?」という思いはほとんどなかったでしょうが、白井や原田、東洋の魔女となると、多くの国民が「それ誰?」「それ何?」と戸惑うだけでしょう。
これでは政府にとって国民栄誉賞授与の主目的である人気取りにも、何の貢献もしません。
そう考えると、この賞の授与基準は「業績度」は全く関係なく、政府の人気取りに直結する「国民沸騰度」によってのみ測られるということです。
純粋に「業績度」だけを物差しとするなら、前述の野村や野茂は受賞は当然。
さらには、恐らく「国民沸騰度」では史上最高をマークした力道山、「業績度」で当時ヘビー級ボクサーらを凌駕して地上最強だったであろう木村雅彦は没後受賞してしかるべきグレートでしょう。
他にもきっとたくさんの〝地上の星たち〟アスリート がいるはずですねー。
それとも、やっぱり?なニュースでしょうか。
政府が三度目の正直、三顧の礼を尽くしてもイチローは国民栄誉賞を固辞しました。
今回は笑って受け取ると思ってましたが、我々の予想が当てはまるような、そんな分かりやすい御仁じゃないですよね。
まー、仙人みたいな人ですから「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」というのも実は建前で、他人が決めた枠の中に収められるのがとにかくイヤなのかもしれません。
辞退するのはイチローの自由とはいえ、少なくともしばらくの間はプロ野球選手が国民栄誉賞を打診されても承諾しにくい雰囲気が出来上がっちゃいましたね…。
辞退するのはイチローの自由とはいえ、少なくともしばらくの間はプロ野球選手が国民栄誉賞を打診されても承諾しにくい雰囲気が出来上がっちゃいましたね…。

元東京都知事の舛添要一が国民栄誉賞について「政府の人気取りの賞は廃止すべき」と綴っていますが、これはその通りです。
ここでは日本人アスリートに贈られる最高峰の賞としての「国民栄誉賞」に焦点を当てて、何を基準に受賞者が決まるのかを考察してみます。
ここでは日本人アスリートに贈られる最高峰の賞としての「国民栄誉賞」に焦点を当てて、何を基準に受賞者が決まるのかを考察してみます。
まず、国民栄誉賞を与えられるべきアスリートの評価は大きく二つ考えらます。
一つは、その競技において成し遂げた「業績度」です。
もう一つは、いかに国民を奮い立たせたかという「国民沸騰度」です。
「業績度」と「国民沸騰度」は必ずしも比例しません。
当たり前の話かもしれませんが、難易度の高い人気のあるスポーツで大きな業績を残したからといって国民栄誉賞がもらえるわけではないのです。
これまでアスリートで受賞した個人・団体は以下の通りですが、吉田沙保里と伊調馨の女子レスリングの二人は当該競技においては比類なき業績を残したとはいえ、テレビ視聴率を見るまでもなく「国民沸騰度」は決して高くありませんでした。
| 1 | 王貞治 | 1977年 | 福田赳夫 | |
| 2 | 植村直己 | 1984年 | 中曽根康弘 | ※冒険家 |
| 3 | 山下泰裕 | 1984年 | 中曽根康弘 | |
| 4 | 衣笠祥雄 | 1987年 | 中曽根康弘 | |
| 5 | 千代の富士貢 | 1989年 | 海部俊樹 | |
| 6 | 高橋尚子 | 2000年 | 森喜朗 | |
| 7 | なでしこジャパン | 2011年 | 菅直人 | |
| 8 | 吉田沙保里 | 2012年 | 野田佳彦 | |
| 9 | 大鵬幸喜 | 2013年 | 安倍晋三 | |
| 10 | 長嶋茂雄 | 2013年 | 安倍晋三 | |
| 11 | 松井秀喜 | |||
| 12 | 伊調馨 | 2016年 | 安倍晋三 | |
| 13 | 羽生結弦 | 2018年 | 安倍晋三 |
一方、女子サッカーのなでしこジャパンは、東日本大震災で打ちのめされた国民に勇気を与え、高い「国民沸騰度」を示しました。
しかし、女子サッカーにおけるワールドカップ優勝がどれほどの「業績度」なのかというと非常に怪しくなります。
男子で例えると「ワールドカップ出場権獲得」レベルの難易度か、それ以下でしょう。
また、女子レスリングよりも競技人口も競技レベルも遥かに高い男子柔道で史上初の五輪三連覇を達成(五輪三連覇自体もアジア選手初)した野村忠宏は、極めて難度の高いハードルをクリアしたにもかかわらず国民栄誉賞の俎上にも上がりませんでした。
野村のケースは「業績度」は文句無しでも、「国民沸騰度」においてはぬるま湯程度であったことから政府の腰は重かったのでしょう。
その「国民沸騰度」でいうとマックスに迫り、「業績度」でも偉大な爪痕を残しながらも国民栄誉賞が検討もされなかったのが野茂英雄です。
野茂は、大企業が作った日本のプロ野球制度を反故にして米国に渡った異端者でした。そんな〝ルール違反〟が政財界のお偉方には気に食わなかったのかもしれません。
また、大相撲の大鵬がそうであるようにこの賞は没後受賞もあり、です。
長嶋茂雄は存命ですが、国民を活気づけた「国民沸騰度」の高さが受賞理由で、その「業績度」のほとんどは1960年代に築かれたものです。なんと、半世紀も経った2013年に〝時間差〟受賞したのです。
この〝大鵬パターン〟〝長嶋パターン〟もありだとするなら、当時の「国民沸騰度」が大鵬や長嶋と比較して勝るとも劣らなかった白井義男の没後受賞や、ファイティング原田や「東洋の魔女」の時間差受賞もあってしかるべきです。
しかし、プロ野球や大相撲が過去のグレートが引退後も大きな存在感を示しているのに対して、ボクシングやバレーの世界では偉大な記憶は時代とともに希薄化されてしまっています。
大鵬や長嶋の受賞に国民は「今さら?」という思いはほとんどなかったでしょうが、白井や原田、東洋の魔女となると、多くの国民が「それ誰?」「それ何?」と戸惑うだけでしょう。
これでは政府にとって国民栄誉賞授与の主目的である人気取りにも、何の貢献もしません。
そう考えると、この賞の授与基準は「業績度」は全く関係なく、政府の人気取りに直結する「国民沸騰度」によってのみ測られるということです。
純粋に「業績度」だけを物差しとするなら、前述の野村や野茂は受賞は当然。

他にもきっとたくさんの〝地上の星たち〟アスリート がいるはずですねー。
コメント
コメント一覧 (2)
「役人は芸が分からない奴ら。だって俺に寄越さないんだから」
談志もかっこいいですが国民栄誉賞を三回断るって最高にかっこいいです❗
しかもイチローだと皮肉に感じないですよね❗
それでは私からアッパレをあげます❗
フシ穴の眼
が
しました