タイム競技とボールゲーム。

私は、陸上競技と野球にいそしんでいました。

二つのスポーツで、一番大きな違いは前者は練習した力を発揮しやすく、後者はそうではない、ということです。

陸上競技ではたとえ相手が現役バリバリの世界記録保持者でも、大幅な自己ベスト更新が十分に可能です。

しかし、ボールゲームではそうはいきません。

高校3年の甲子園大会予選。一年前は三回戦敗退、最後の夏は、もっと上に行きたいと心を入れ替えて練習に臨みました。

スイングスピードも守備範囲も、あらゆる面でレベルアップ出来ていると実感できる状態で初戦を迎えることが出来ました。

それでも…一回戦で惨敗してしました。

相手は無念のシード落ちした強豪校。一回戦から主戦投手をマウンドに送りベストメンバーを組んで、ほとんど無名の我が校に〝挑んで〟きました。

もちろん、こっちもそれは覚悟の上。

最も打順が回る一番に起用された私は第一打席の重要性をしっかり理解していましたが、相手投手の予想以上の球威に戸惑いました。

とにかく、三振だけは有り得ません。

速球に絞ってなんとかバットに当てたボールは、内野手の頭を越えてセンター前に落ちました。

形はどうあれ、結果は良しです。

次のミッションは投手に重圧をかけて、二盗を決めることです。

しかし、私のはやる気持ちは見透かされていました。

しつこく牽制球を投げてくると思っていた投手は、巧妙なクイックでストライクを重ねて二番打者を三球三振。

一塁に釘付けにされた私の焦りは、三番打者がツーストライクと追い込まれると頂点に達します。

一二の3でスタートを切ったのと、投手のフェイントに引っかかって「しまった!」という思いは同時でした。

それまで1球も投げなかった牽制球がファーストからセカンドに転送され、私は一二塁間での挟殺プレーで殺されました。

その瞬間からゲームセットまで、我が校は一人のランナーも出せませんでした。

三回戦敗退の前年よりもはるかにレベルアップしていても、相手が強ければその努力は虚しく封じられて粉砕されてしまう。

ボールゲームはそういう残酷な一面も持っています。


一方、陸上競技では相手がどんなに強くても、練習の成果を出し切ることが出来ます。

やはり自分の話で恐縮ですが、大学4年次に出場した関東インカレ2部20㎞ロードレース。

高校3年のときの野球とよく似たケースで、長距離の超強豪校が2部落ちするという迷惑な〝事件〟に直面した私にとっては最後の関東インカレでした。

その超強豪校のエース、当時学生最強ランナーが 1500m、5000m、1万mのトラック三種目に加えて20㎞ロードにもエントリーしてきたのです。

レースは予想通りのハイペース、上位4人が大会記録を更新。私は目標の入賞は叶いませんでしたが、自己ベスト更新は出来ました。

入賞に届かなかった悔しさ、自分の実力不足への不甲斐なさはありましたが「今の自分の力は全部吐き出せた」という満足感もありました。 

前置きが長くなりましたが、陸上競技には勝負に参加できなくても、自分の実力を発揮できるタイム・記録という物差しが用意されています。


しかし、世界のトップと戦わんとする選手にとっては、そんな言い訳は通用しません。

勝負が全てです。

勝負に参加しないのであれば、私のようなヘタレランナーや、ランを楽しむ市民ランナーとなんら変わりません。

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先ほど、東京マラソン2019が終わりました。 

すでに9月のMGC出場権を得ている選手にとって、このレースは東京五輪へのテストマッチになります。 

つまり、世界と戦う大勝負へのシュミレーションです。

「勝負に徹したい」。

過去のマラソン3回ともに3位と優勝を逃している大迫の言葉もタイムではなく、勝つことをハッキリ意識していました。

冷たい雨がそぼ降る中、号砲一発。

ペースメーカーはキロ3分を切るハイペースで、スプリットを刻み、10㎞通過は29分。この時点でのゴール予想は2時間3分台。

16㎞過ぎに神野大地がキロ3分のペースメーカーが引っ張る第2集団から遅れ始めます。

その頃、ハイペースの先頭集団では早くもペースを乱高下する駆け引き。

中間点は1時間2分2秒。大迫と中村が先頭集団から零れます。
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中村と大迫が先頭から脱落しても佐藤は食らいついているように見えましたが…
 
しっかり付いているように見えた佐藤も、先頭から離れてしまいます。

厳しく、難しい展開です。

佐藤、中村、大迫と先頭集団の距離はジリジリ広がりますが、先頭のペースが上がっているわけではありません。

優勝争いを意識する段階に入って、ペースの上げ下げを繰り返す駆け引きが始まっていたのです。

29㎞手前で、期待の大迫が歩き始めます。

そのとき先頭集団は30㎞を過ぎ、ペースメーカーが外れてレゲセとカロキの一騎討ちに。

そして、マラソン初優勝を狙った大迫は、弱々しくコースを外れて棄権。

設楽悠太に続いて、大迫も日本記録を出した次のレース、勝負に徹した試合で脆弱さを露呈してしまいました。

周りに関係なく、自分の世界に閉じこもってベストを尽くすことは上手にできる。

しかし、勝負に行くと、破綻する。

トップの世界は勝つか負けるか、しかありません。

そこで、戦えないのは、致命的です。

日本人1位でゴールした中央大の堀尾は素晴らしかったです。しかし、彼は勝負に参加せずに、自分の小さな殻の中でベストを尽くしたに過ぎません。

もし、スタートから大迫らのように攻めていたら、100%破綻していたでしょう。

もちろん、大迫と堀尾のポジションは違います。さらにMGC出場権を獲得していない堀尾が、ここで勝負に出る必要性もありません。

しかし、今日の結果から「大迫ですら東京2020で勝負に徹することは難しい」ということが明らかになりました。

堀尾のように勝負を度外視して安全なマイペースを貫き、勝負から脱落したランナーを一人ずつ抜いていく…そんな粘りの走りしか出来ないのかもしれません。

歩き始めた大迫は、冷たい雨に震えていました。万全の体調でスタートラインに立てなかったのかもしれません。あるいは、レース中に低体温症などなんらかの異変に見舞われたのかもしれません。

しかし、それも含めて実力です。 

冷たい雨は優勝したレゲセにとっても同じで、むしろ彼にとって最も過酷な条件だったでしょう。