2月だか3月に新幹線の車中に置いてある「トランヴェール」というJR東日本のフリーペーパーについて書きました。
意外と東日本の新幹線って乗る機会がないんです、私の場合。新幹線は9割方東海道です。

今日、東日本の新幹線に乗る機会がありトランヴェールと久しぶりの再会。

沢木光太郎の巻頭エッセイ「旅のつばくろ」は42回まで連載を伸ばしていました。
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前回は思いもよらぬ「沢木耕太郎」に中学時代の記憶がわーっと蘇りましたが、今回は座席のラックにトランヴェールを見つけて「ああ、そういえば沢木耕太郎の連載はまだ続いてるのかな」と手に取ったものの、そんな感傷に浸ることはありませんでした。

それにしても、ボクシングがニッチスポーツに陥ってから長い時間が経ってしまいました。

かつて、ボクシングからはいつも文学的な風が吹いていました。

沢木耕太郎はもちろん、先日亡くなった安部譲二と彼にボクグジムを紹介された三島由紀夫、石原慎太郎、寺山修司、香川照之、百田尚樹らが能動的にボクシングを語ってきました。

総合格闘技やキックボクシングは歴史的・地球的背景を持たず、スポーツとも認知されていないためか、何かを語る有名人や文化人のほとんどは受動的な番組お抱えタレントです。

そんな、なんだか知的なフェロモンがボクシングから発散されているのも、勉強が出来ない劣等感をひた隠すバカ中学生な私がこのスポーツに惹かれた一因です。

なんて言いつつも前の回で書いたように、沢木耕太郎も知りませんでしたが、なぜかアーネスト・ヘミングウェイは読み込んでいたんです。

野球部の監督の影響でしたが、チームメイトが続々脱落する中、私はのめり込みました。

「武器よさらば」「老人と海」「誰がために鐘は鳴る」などの王道よりも「我らの時代」なんかの短編集に登場するボクサーの話に想像力を強烈に刺激されました。

もう何十年も読み返していないヘミングウェイを無性に手に取りたくなりました。

それにしても、ハードカバーや文庫本のヘミングウェイは実家に保管しているのか、記憶は定かではありません。

出張から帰って読むには改めて購入して買うしかないようです。仕事終わりは明日の夜なので、日曜日にマラソングランドチャンピオンシップを観てから〝書を求めて街に出よう〟と思います。