昨日、横綱審議委員会は、内規にある「激励」を史上初めて決議、横綱稀勢の里に対して1月の初場所出場を強く促しました。

もし、出場出来ない場合は、より重い「引退勧告」が決議される見通しです。

「激励」というと、何やら暖かい応援のように聞こえますが、内規には成績不振や休場が目に余る横綱に対して「激励・注意・引退勧告をなす」とあります。

つまりは、三段階でレッドカードに至る内規の最初の一枚が切られたということです。

稀勢の里が初場所に出場出来ないとなると、「注意」を飛び越えて引退勧告=最後通告されるということです。

この引退勧告、記憶に新しいところでは、昨年は貴ノ岩への傷害事件で日馬富士が決議されました。2010年初場所中に暴力沙汰を起こした朝青龍も受けています。

伝統芸能である国技、大相撲の世界には「ルールを守って勝てば何でもあり」という多くのスポーツで認められている常識は通用しません。

特に、横綱はその品格までが厳しく求められます。

横綱はあからさまなフェイントを使ってはいけません。テニスやバドミントンでは賞賛される相手を欺くショットは非難の的になります。

正々堂々と真正面から打ち合わなくてはなりません。

品格、といっても内規で具体的に明記されてはいない、七面倒な不文律というヤツです。

品格のある堂々とした勝ち方をしなければ、王者ではない。

ボクシングの世界でそんなことになれば、フェイントを駆使するマニー・パッキャオもフロイド・メイウェザーも、チャンピオンとは呼べません。

それどころか、メイウェザーなんて前科何犯か数え切れませんし、実刑判決を受けて、懲役まで食らっています。 
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鉄格子の中でフロイドは何を考えるのか?〜英国ボクシングマンスリー2012年3月号より

パッキャオも巨額の税金滞納や、同性愛者への差別発言など、品格やらとは遠い世界で暴れています。

そして二人とも、引退勧告もなにも、自分勝手に引退と復帰を繰り返しています。

メイパックが相撲取りなら、絶対に横綱にはなれません。品格の欠落が半端ないからです。 

大相撲は、もっと柔軟なアスリートファーストの世界にならなければいけない。

プロボクシングは、スーパースターに甘すぎる、品格がない。

…なんてことは言いません。

かたや格式が優先される伝統芸能、かたやショーマンシップが求められるイベントです。

そもそもの世界観が違うのです。

それでも、まだ土俵に上がりたいと渇望している稀勢の里に、第三者が引退勧告するのは如何なものでしょうか。

「進退は自分で決める」横綱ならではの内規ですが、横綱でも降格があっていいと思いますね。

伝統芸能のオキテ的には絶対ありえないのでしょうが。

情熱の炎を消すことが出来ないトップ選手の存在は、今シーズン前の松坂大輔のように「給料泥棒」「晩節を汚すな」「若手の出場機会を奪うな」と批判的な声に晒されるのが常です。

しかし、感情的な批判が集まるということは、それほどまでに気になるということです。つまり、アンチも十分に楽しませてもらっているのです。

情熱の熾火がチロチロしている選手が、その思いをぶつけることの出来るフィールドがあるスポーツは幸せです。

サッカーの下部組織や、野球の独立リーグは、評価されない若者がチャンスを伺い、野望と情熱を叩きつけるだけでの舞台ではありません。

年齢と戦い、死に場所を探すトップ選手が彷徨する場所でもあるのです。

横綱にまで昇り詰めたグレートが、最後の悪あがきをするのにタイムリミットを設けていいのでしょうか?

「大相撲はスポーツではない、伝統芸能である」 というのは真実です。

しかし「伝統芸能だから変わらない、変えることはできない、変える気もない」というのは、やはり違うと思います。実際に大相撲の長い歴史で、その伝統は現代まで終始一貫していたわけではありません。

トップ選手の悪あがきを許してしまうと、伝統が崩壊してしまうのでしょうか?

土俵にラウンドガールを上げるのはもってのほかですが、しかるべき装束に身を包んだ、しかるべき女性なら上げるべきではないでしょうか?

スポーツではない、伝統芸能だからこそ常態化している〝八百長〟も、またこの芸能の伝統です。この伝統こそ真っ先に絶えさせなければなりません。

日本で行われる小さなボクシングの試合でも、世界の多くのブックメイカーはオッズを出します。

しかし、大相撲に関しては未だにオッズを叩くことはありません。八百長、星のやり取りは携帯電話に履歴を残さずとも簡単に出来ます。

しかも、八百長はこの芸能に脈々と受け継がれてきた伝統です。簡単に根絶やしできるものではありません。

先日、大阪万博の招致が決定しましたが、大相撲の大阪場所がMGM夢洲のグランドアリーナで開催されることはあっても、オッズは出ないという異様な光景が現出するでしょう。

だから、本場所はカジノ&リゾートでは絶対にやりません。 

2005年にマンダイベイ・イベントセンターをフルハウスにしたこともありましたが、あれは〝ラスベガス場所〟ではなく〝ラスベガス公演〟でした。

カジノ&リゾートのアリーナでも、公演はやるでしょう。 

本当は、舞台を大相撲一色にして、ブッキングスペースもその日だけは和風のレイアウトに変えて、オッズも出される、それこそが伝統のあるべき未来だと思うのです。

伝統とは、旧弊に凝り固まって、醜い化石になることではありません。

脈々と受け継がれてきた偉大な様式美のコンセプトを後世に伝えることです。

残念ながら、プロボクシングの世界には品格も様式美もありません。

「強いやつが堂々と勝たなければならない」 という大相撲は、「強いやつが勝つんじゃない、勝ったやつが強いんだ」というボクシングよりも、ある意味厳しい世界なのかもしれませんが…。

その厳しさ、必要ですか?