今月13日、イチローが鳥取県内のスポーツジムで行われた中日岩瀬仁紀投手の引退セレモニーに現れ、プレゼントを渡すとそのまま去って行った。
MLBの公式サイトで紹介された〝ええかっこしい〟のイチローらしいエピソードです。

この「鳥取県内のスポーツジム」というのが、有名なワールドウィングジムです。

野球ではイチローや岩瀬、山本昌、内川聖一ら、サッカーでも三浦知良や本田圭佑ら、その他スポーツでも驚くほど多くのプロフェッショナルがこのジムで「初動負荷理論」を学びました。

特にイチローはこの理論の〝敬虔な信者〟で、シューズまで「ビモロ」を使っています。

ビモロ( BeMoLo®)は、初動負荷理論の英字表記「Beginning Movement Load Theory」からつけられたブランド。

この初動負荷理論を掲げて、ワールドウィングを1981年に創設したのが元ボディビルダーの小山裕史。

私が初動負荷理論を初めて知ったのは、弱小大学の陸上競技部を引退してからのことでした。

あれは、1995年のことだったと思います。

合宿に差し入れに行ったとき、後輩たちが読んでいたトレーニング本が「新トレーニング革命 初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開」でした。

私が野球や陸上競技をかじっていた80年代は〝オールドスクール〟の存在感が、まだまだ大きかった時代です。

「ウェイトトレーニングは無駄な筋肉をつけてしまう」「筋トレは腕立て伏せや腹筋など自分の体重を使ったもので十分」「必要な筋肉や動きは実戦の中で身につく」…ウェイトトレーニングに対する懐疑的な考え方がまことしやかに囁かれていた時代です。

「ピッチャーは肩を冷やしちゃいかん」「プールも厳禁!」という金田正一のような〝オールドスクール〟代表にとっては、今のように大きな氷嚢で肩をアイシングするなんてありないことだったでしょう。

偉大な金田を批判しているわけではありません。

不世出の400勝投手ですら、何十年も後のトレーニングの常識を予見出来るわけがないのです。

イチローが実践、信奉する初動負荷理論にしても、後世ではオールドスクール、時代錯誤の考え方になっているかもしれません。

ウェイトトレーニングに対する懐疑的な見方は今でも、特にボクシングの世界では、根強く残っています。

もちろん、清原和博のように「もっとパワーがつけばフェンス前のフライがホームランになる」という幼稚な考えから、いたずらに上半身の筋肉を肥大させるのは愚かで、破滅にしか結びつきません。

体の回転とスイングスピードを上げるべき筋肉は、清原の場合は単なるオモリでしかありませんでした。
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ウェイトトレーニングが見直されるきっかけになった一つの〝事件〟がソウル五輪の男子100m決勝です。

過酷なウェイトトレーニングで筋肉のヨロイをまとったベン・ジョンソンが、天賦の才とナチュラルな肉体のカール・ルイスを打ち破ったのです。

ウェイトトレーニングで肉体を改造することによって、稀代の天才にも勝てる。

しかし、世界を驚かせた「9秒79」からわずか三日後、ジョンソンの血液からアナボリック・ステロイドの一種が検出され、金メダルは剥奪、衝撃的な世界記録は抹消されます。

金浦国際空港で多くの記者に追われながら、ジョンソンは終始無言。

ロビーをうつむいて逃げるように歩く姿には、私たちも「裏切られた」という思いも強かったのですが、このジャマイカ生まれのカナダ人が、ウェイトトレーニングの重要性を世界に知らしめた事実は変わりません。

ジョンソンは禁止された化学物質の力を借りるという誤った方法で、より早く、より効果的にビルドアップしてしまいました。


しかし、筋肉は確かに天才を打ち砕いた事実は変わりません。

もちろん、それはいたずらに筋肉を肥大させればいいものではありません。

MLBに飛び込んだ松井秀喜が上半身の弱さが気になり「懸垂をトレーニングに取り入れたい」とトレーナーに相談した有名なエピソードがあります。

懸垂は自重を利用した筋トレで、ウェイトトレーニグではありませんが、賢明な松井はそれでも「自分の誤った直感でやってしまうと、無駄な筋肉がついてしまうのではないか」と専門家の意見を聞いたのです。

「〝(筋肉が)デカくなった〟から〝強くなった〟」と自己満足の陶酔に陥る危険が大きいのがウェイトトレーニングです。

そして、ウェイト(オモリ)やチューブの器具を使う一般的なトレーニングを「終動負荷」と否定、動き始めに最も負荷がかかり、そのときに放ったパワーを慣性的に使う「初動負荷」こそが最も効果的で、故障もしにくい、というのが本書の主張です。

「月刊陸上競技」で一部連載されていた初動負荷理論をまとめた本書は、ハードカバー約400頁という異形のスポーツ教本。

第1章のタイトルが「「トレーニングー目的と錯覚」 、第2章が「トレーニングに対する疑問」で「避けたい終動負荷トレーニング」として「可変抵抗マシーン、空気圧マシーン、油圧マシーン、水圧マシーン、ゴム弾性利用マシーン、チューブ等のように反復後半に負荷が強くかかる、終盤動作が加速されないトレーニング」を列挙しています。

スポーツ教本ではありますが、その主旨と内容は好戦的な「既成概念への挑戦状」 でした。
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陸上競技選手としては、本書のオビに宗兄弟が「選手育成に不可欠の書」と推薦してるのが目に飛び込んできました。

しかし「走る動作は〝ひざ関節伸展〟ではなく〝股関節伸展〟だ」という考え方は、私たちも実践していた〝より大きな筋肉・関節を使う〟というもので、斬新さはありません。

それでも、非常に具体的な言葉で噛み砕いて説明してくれているのは教本として〝不可欠の書〟でした。

そして、本書で敵視している一連の「終動負荷トレーニング」は、誰もがやったことがあるもので「え?ダメなの(だったの)???」 と、みんな戸惑ってしまうのでした。


この書物の中では終動負荷トレーニングはNG、可変抵抗マシーンなども禁忌です。

現実には、今でも終動負荷トレーニングで大きな成果をあげているアスリートは数えきれなく存在します。

それでも初動負荷こそが唯一絶対の神と崇める本書は、厳格な一神教の聖書のごとく、どこまでも清澄なのでした。