かつて、ゲンナディ・ゴロフキンにとって最強のライバルと礼賛されたプロボクサーがいました。

彼は、褐色の肌と母国の大先輩にあやかって【Kid Chocolate】と渾名されていました。

今夜は、元WBO世界ミドル級チャンピオン、ピーター〝キッド・チョコレート〟クイリンの物語です。

1983年6月22日、シカゴ生まれのクイリン、そのルーツはキューバにあります。

その異名は、1930年代に活躍したニューヨーク州公認世界フェザー級チャンピオン、キッド・チョコレートにあやかったものです。
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キッド・チョコレート。もちろん、本名ではありませんが、それにしても、なんとセンスのいい名前を付けるのでしょうか。

本当の名前はエリヒオ・サルディニャス。

キッド・チョコレートは1910年生まれですから、クイリンの73年先輩になります。

生涯戦績152戦136勝51KO6敗6分。そのキャリアは、1927年から1938年の12年間ですから、年間約13試合、つまり1ヶ月に1試合以上のペースで戦い続けた計算になります。

「レベルの低い時代だから」と片付けるのは簡単ですが、レオ・サンタクルスやカール・フランプトンがタイムマシンに乗ってチョコレートの時代に放り込まれたら、彼らの繊細な肉体は過酷なスケジュールにどこまで耐えられるでしょうか?

逆に、キッド・チョコレートが現実と同じ17歳で現代のリングでプロデビューしていたら…十分な試合感覚はそのボクシングの精度を大きく引き上げていたことは疑いようがありません。

その破壊的な強打から〝チョコレート・ボン・ボン〟の愛称で、ニューヨークを熱狂させたキューバの伝説の名前を引き継いだクイリンもまた、この世界最大の都市で着実にキャリアを積み上げていきます。

しかし、順風満帆に見えたクイリンの心の深層はいつも不安定な波に大きく揺られていました。
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リング誌2011年9月号「NEW FACE」コーナーから。クイリンの強打と技術は、早くから高い評価を集めていました。

父親のペドロは政治犯として母国を追われてアメリカに渡り、シカゴに辿り着き、そこでクイリンが生まれます。

麻薬ディーラーに身を落とし、闇社会に沈んでゆく父親が刑務所に収監される姿を、当時6歳だったクイリンは今でも記憶しているでしょう。

一家は収入を失ってしまいました。

生活保護とパートタイムをつなぎ合わせて働きづくめの母親に育てられた少年の心の中で、冷たい風が止むことなく吹きつけられていたことは想像に難くありません。

それでも21世紀のキッド・チョコレートは、心の闇を抱えたまま、連勝街道を驀進します。