1960年8月18日 NBA Bantam級12回戦 (世界挑戦者決定戦)@ロスアンゼルス オリンピック・オーディトリアム

エデル・ジョフレ 対 ジョー・メデル

ジョフレが「最も難しい試合」と回想する、メデルとの一戦には、NBAバンタム級王座への挑戦権がステイクされました。

私はオンタイムではジョフレもメデルも見たことがありません。

しかし、メキシコの〝ロープ際の魔術師〟が上質のテクニシャンだけが発散させる独特の色気を持ったボクサーであることは、昔日の白黒ビデオからでもはっきりと感じ取ることが出来ます。

そして、ジョフレとの初戦のあとに何度も来日し、関光徳やファイティング原田を氷のようなカウンターの一閃でカンバスに沈め、バンタム級の世界ランカーがどれほど強いかをまざまざと見せつけたのです。

そのジョフレとの初戦。ジョフレのプレッシャーを切れ味鋭いショートパンチで応戦するメデル、一進一退の攻防が続きます。

9ラウンド終了時のスコアは二人のジャッジが97−93、もう一人(主審)が96−90で、ジョフレが大きくリードしていましたが、現在のラスベガス採点ならポイントは逆転していたかもしれません。

ジョフレ本人が「何度か倒されると思うパンチをもらってしまった」と回想するように、メデルは押し込まれながらもしっかりと反撃の刃を光らせていたのです。

しかし、「黄金のバンタム」は別格に強靭でした。10ラウンド、疲れを見せたメデルをジョフレがラッシュを仕掛けると、前のめりにダウン。得意のロープ際でしたが、稀代の魔法使いには抵抗の余力は残されていませんでした。

倒れたまま動かないメデル。完全ノックアウトです。 

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その3ヶ月後の11月18日、舞台はやはりオリンピック・オーディトリアム。ホセ・ベセラ(メキシコ)が王者のまま引退したことで空位となったNBAバンタム級王者決定戦。相手はそのベセラを8ラウンドKO(ノンタイトル10回戦)で引退に追い詰めたエロイ・サンチェス(メキシコ)でしたが、ジョフレの敵ではありませんでした。

6ラウンドKOで易々とタイトルを手に入れました。しかし、当時は1団体11階級時代でしたが、ヨーロッパやニューヨーク州などが公認する世界王者も存在しており、Undisputed Championを名乗るためには、ベセラ引退の空隙を縫って10月25日にヨーロッパで公認された世界王者アルフォンソ・アリミ(フランス)を倒さねばなりませんでした。

タイトルの権威は米国を拠点とするNBAに移っており、統一戦は不可避でしたがアリミはジョフレ戦を回避、懸命の延命を図ります。しかし、翌1961年5月30日に21戦全勝12KOのアイルランドの誇りジョニー・コールドウェルに15ラウンドTKO負けでベルトを奪われてしまいました。

「俺はジョフレなんか怖くない」と統一戦に前向きだったコールドウェルは25戦全勝13KOまで無敗レコードを伸ばして1962年1月18日、ついにジョフレのホーム、サンパウロに勇躍乗り込みます。

5回にダウンを奪われ採点は大幅リードされながらも、9ラウンドまで何とかジョフレのプレッシャーに耐えていたコールドウェルでしたが、ジョフレが仕掛けた10ラウンドの猛攻にコーナーからマネージャーが飛び出してTKO負け。

ジョフレは晴れて
Undisputed Championとなったのです。

そして、不世出のブラジリアンは強豪相手でも鮮烈な勝利を続け、60年代(おそらく全時代を通して)最もまばゆい光を放った全盛期のモハメド・アリを退け、PFP最高と評価されるのです。
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1963年4月4日、黄金のバンタムが日本のリングに上がります。対するは青木勝利。ファイティング原田、海老原博幸と三羽ガラスと呼ばれた実力者で、3人の中でも素質は抜きん出ていると言われていました。このときの青木の戦績は33勝18KO1敗1分、17連勝(11KO)と勢いに乗っていたのですが…。

3ラウンド、ジョフレは右アッパーで青木の腹をえぐると、日本期待のメガトンパンチャーは悶絶、あっさり6度目の防衛に成功しました。

そして1964年11月27日、ベルナルド・カラバーリョ(コロンビア)を敵地で7ラウンド2分50秒で強烈にノックアウトして8連続防衛、世界戦9戦全勝全KOをマーク。 

カラバーリョはも39戦全勝20KO1分、無敗の超強豪でしたが、戦前から「コロンビア人には砂粒一つの希望もない」と言われるほどにジョフレは強かったのです。

どんな相手でも打ち倒す壊滅的な攻撃力に、どんなパンチも跳ね返す鉄壁のガード。ジョフレの強さに付け入る隙など1ミリもないように見えました。

「私の前で15ラウンドのゴングを聞けるボクサーは存在しない」。

ジョフレの言葉からは、過信から放たれた驕りのニュアンスは微塵も感じられず、誰もが納得して頷くしかありませんでした。「黄金のバンタムと戦って判定まで逃げ込めるボクサーなんているわけがない」、そのことを疑う者など誰もいませんでした。

今ならWBSSを全KOで優勝して、その座を全てKOで8度防衛するのと同じです。11階級という背景、今は強いボクサーはすぐに上の階級へ移ることも考慮するとそれ以上でしょう。

負ける気がしない、それどころかKO勝ち以外は想像もできない。自分のプレスに立ち向かってくるボクサーですら、この地球上に存在する訳がないと考えていたのも無理はありません。 
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世界が驚愕する1965年5月18日が刻々と近づいていました。