Breez is Nice!

大阪の会社では、どういうわけだか東京本社よりも多くの新聞雑誌を定期購読しています。紙媒体大好きな私にとっては嬉しい限りなのです。

ところが、大阪に赴任してから市立図書館の新聞・雑誌の品揃えの方がはるかに厚いことに今更ながら思い知らされています。自宅からも会社からも近くにあり、横浜の自宅の近くにもあります。

フランス語やスペイン語、中国語は読めないのは残念ですが、英国The Guardian紙などもたいてい誰も読んでいないので贅沢な時間を楽しめます。

とはいえ、人気の新書となるとなかなか競争率が高くて「獄に暮らせば 21年7カ月の獄中日記から」(重信房子)は検索すると100人以上待ち…購入しました。


IMG_0020

「獄に暮らせば 21年7カ月の獄中日記から」はアウトローのコーナーに。

「アウトロー」ってそんなジャンルがあるのか?

Outlaw【アウトロー】無法者、法から外れた人。

反対語は「良き市民」のグッドシチズン(good citizen)か、「コンプライアンスを遵守する人」のコンプライアント(compliant)か?

しかし、そっちのコーナーはない。良き市民はいないが、アウトローはいるってことか、なかなか奥深いのう…。

TIME誌なんかは会社で定期購読していますが、意外と人気があって行方不明になってたりして、マガジンラックにないことも。

スクリーンショット 2026-10-14 12.35.17

タイム誌が大好きな「THE 100 MOST INFLUENTIAL PEOPLE」のスポーツ編。

「今世紀最高のアスリート」レブロンがカバーですがロジャー・グッデル(NFLコミッショナー)やリオネル・メッシらを差し置いて大谷翔平もペロンと表紙右下に活字で登場。


IMG_0024

「地球上で最もスペクタルな野球選手」。

明日からLAに戻ってのリーグ優勝決定シリーズ。スタメン落ちも囁かれる絶不調のユニコーンですが、どでかい花火の打ち上げを期待しています。

IMG_0028
IMG_0026

「ボクシングからはゼロの可能性も」と心配してましたが、女子ボクサーでマディソン・スクエアをフルハウスにした7階級制覇のアマンダ・セラノ、ウクライナの祖国防衛隊として銃を握って戦ったヘビー級の完全統一王者オレクサンデル・ウシクの2人が紹介されました。


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ネットフリックスのドキュメンタリーシリーズ「TYSON」。

昨日から配信されましたが、なかなか面白いです。アマチュア時代の10代の頃に、ジュニア五輪の会場前で弱気になったタイソンを励ますテディ・アトラス(若い!)、カナダからキャッツキルに乗り込んだレノックス・ルイスとのスパーリングをルイスが語る…これまで活字でしか読んだことがなかった逸話を動画で見るのは新鮮過ぎます。

IMG_0022

「老人と少年」。スポーツのみならず、人生を語る定番テーマ。そこに横たわっている命題は、いつも「老人を失った少年は大人になれるのか?」。



マイク・タイソンの軌跡を1980年頃から追いかけるストーリーは、まさに私が米国ボクシングに惹き込まれたタイミングとドンピシャ。

当時は、シュガー・レイ・レナードやマービン・ハグラー、そしてマイク・タイソンらの躍動を専門誌だけでなく、スポーツ・イラストレイテッド誌なども伝えていました。日本のリングにはない華やかさに衝撃を受けましたが、多くのメディアがボクシングをマイナー競技熱い愛していることに違和感を覚えました。

IMG_0023

⬆︎「TYSON」の中でもキーワードとして度々登場する「ボクシングの没落」。


40年以上も前に、すでに〝死刑宣告〟を受けていたのです。それでも、まだ今よりははるかにマシでした。世界ヘビー級チャンピオンは世界一有名なアスリートではなくなっていましたが、ラリー・ホームズやマイク・タイソンはカジュアルなスポーツファンなら誰でも知っている名前でした。

日本でもWBAとWBCが行った全ての世界タイトルマッチは、結果だけとはいえ読売新聞や朝日新聞などの一般紙が報じていました。「ハグラーvsレナード」など米国のメガファイトは、夕刊の社会面でも特集されるなど、野球メジャーリーグやサッカー欧州リーグよりも、ずっと身近な世界のメジャースポーツだったのです(当時を知らないボクシングファンは信じられないかもしれませんが)。

グローブ着用、1ラウンド3分、丸いリング(リングだから丸い方が正解)を四角にーーー近代ボクシングの幕開けを告げるクイーンズベリー・ルールが発表されたのは1867年。日本では慶応3年、江戸時代です。

そして、米国ではフロンティアが太平洋に達する1890年の33年も前のこと。

米国ではベアナックル最後の世界王者ジョン・ローレンス・サリバンがボストンでデビュー戦のリングに上がるのは12年後の1879年。

米国に焦点を当てて、ボクシングの歴史をなぞっていきます。




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ボクシング・マガジン1976年12月号に「具志堅用高の〝天才ボクシング〟研究〜新チャンピオンは本当に『百年に1人出るか出ないか』の天才なのだろうか。未知の部分の多い具志堅のボクシングにメスを入れるとー。」という特集記事が掲載されました。

当時の具志堅は「王貞治のベーブ・ルースやハンク・アーロンの本塁打世界記録」と同次元で、ウィルフレド・ゴメスの「現役最多防衛記録」に追いつけ、追い越せと熱い視線を集めていました。

IMG_0021


1975年11月初めに日大病院の吉田幸夫博士が考案したパンチ力測定機(サンドバッグに放たれたパンチの衝撃を電流に変えてオシロ・グラフで読み取る)のよると、具志堅の左ストレートは132〜134kgを記録したそうです。

ただ、海老原博幸は136kgをマークしたといいますから、110ポンド前後のボクサーとして具志堅は空前絶後の強打者ではありませんでした。

また、この記事は「パンチ力とKO率は比例しない。輪島功一のパンチ力は(具志堅以上で)測定器が壊れるほどだったが、彼はけして一打必殺のKOパンチャーではない」と、154パウンダーと同列に並べる無茶苦茶さを晒け出していますが「一般青年男子の利き手の平均が約64kgということを考えると、具志堅のパンチ力は破格」というのも当たり前です。

あるバラエティ番組でCHAGE and ASKA のASKAは具志堅とパンチングマシーン対決、150キロをマークしましたが、具志堅は100キロ前後にとどまり、全く勝負になりませんでした。

MLBで2010年にアロルディス・チャップマンが記録した105.8mph(170.3km/h)は16年経ったいまも更新されていません。「速い球は慣れたら問題ない」という落合博満の言葉を聞くまでもなく、ジェイコブ・ミジオロウスキーや佐々木朗希の速球はバットに当てることのできない魔球ではありません。

ボクシングでも、絶妙のタイミングで急所にジャストミートすることが全て。井上尚弥が放った肝臓を抉ったように見えてもタイミングのずれたボディショットでは、アラン・ピカソでも耐えることができます。しかし、触っただけにすら見えるジャブクロスでも、ファン・カルロス・パヤノは背中からキャンバスに墜落してしまうのです。

輪島の例を出すまでもなく「パンチの強さは体重に正比例します」。試合になると後ろ重心で羽毛のようなパンチしか打てない亀田和毅や井上拓真でもサンドバッグには尚弥のような強烈なパンチをめり込ませています。

パンチ力は体重ーーーだからボクシングの階級は体重で分けられているのです。

尚弥の強打はどこから生まれるのか?CompuBoxなどのスタッツで尚弥はどうして被弾が多いのか?どちらの理由も同じです。体重を乗せてパンチを打つからです。相手の射程距離を厭わないからです。とどのつまりは、勇気があるからです

和毅はサンドバッグ相手なら、父親が絶賛する強打を叩き込みますが、実戦では「女子ボクサー」と揶揄されても手打ちのペチペチしか打てません。

拓真は兄弟の意地がある尚弥とのスパーリングなら危険な距離にも飛び込めますが、実戦ではそこに踏み込む勇気は1ミリもありません。

和毅や拓真が羽毛パンチなのは物理的にはメカニクスの問題ですが、それ以前に心理的な問題です。彼らには踏み込む勇気が絶望的に欠落しているのです。

それを不治の病気、疾患と呼ぶこともできるかもしれませんが、それをいうなら尚弥の勇気もまた、綺麗事ではなく病気なのかもしれません(こっちの病気は治癒の兆候があるので残念ですが)。

もちろん、野球で「内角高めの速球が得意の打者はいない」というように、デンジャラスゾーンはどんなスポーツでも誰もが苦手としています。尚弥ですら、格下に転がらされているように。

もちろん、稀有ですがクロスレンジを好む変態は、います。

ロベルト・デュランやマニー・パッキャオが、そんな突然変異です。彼らを目の前にすると、グラディエイターとしての矜持がくすぐられてしまいますが、マービン・ハグラーやフロイド・メイウェザーのようにビジネスに徹するのが賢明です。

先週、69歳で天国へ旅立ったウィルフレド・ゴメスは1発の破壊力も秘めたナチュラル・ボーンでしたが、クロスレンジでの巧さも際立つテクニシャンでした。

同じジュニアフェザー級で、パンチ力もあった技巧派のギレルモ・リゴンドーがKOしても「退屈」と非難されたのはファンベースが薄い軽量級や出身がキューバだからではありません。

バズーカにあってジャッカルに欠落していたもの…破壊へ向かう確かな予感、スペクタクルへの導火線でした。




あなたが考えるハードパンチャーとは誰でしょうか?

パンチ力とは何なのか?まだまだ続きます。










このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

𝕽𝖊𝖉𝖊𝖒𝖕𝖙𝖎𝖔𝖓

現地時間10月7日、NYヤンキースは本拠地で行われたTBレイズとの地区シリーズでまさかの3連敗。2026年シーズンが終わりました。

3連敗に沈んだチームに、ヤンキースタジアムのファンは大ブーイング。故障で出場できなかったアーロン・ジャッジにも容赦なし。

世界最高の名門クラブは2009年、松井秀喜の大活躍でワールドチャンピオンになってから、その座から17年も遠ざかっています。

IMG_3284


10月11日、読売ジャイアンツは横浜DeNAベイスターズに2連敗、CSファーストステージで敗退。横浜DeNAベイスターズには3年連続でCSで撃沈されることになりました。

戦い終えた選手たちに、東京ドームのファンは激しいブーイングの雨を降らせました。人気を二分するライバル球団、阪神タイガースがリーグ2連覇、黄金時代を迎える中で、2012年を最後に日本一から遠ざかっています。




先月のアジア大会の女子バレーボールで、ピアスやリップクリーム、ネイルをつけた選手たちへの誹謗中傷が問題になりました。

SNSなどで誹謗中傷するのは論外、一線を超えた内容なら犯罪です。ただし、結果に対してファンがブーイングするのは当然です。




高額な報酬と、他のスポーツとは桁違いのファンの声援を受けるプロ野球選手と〝セミプロ〟のバレーボール選手を同列に語ることはできません。

特に、ヤンキースとジャイアンツは日米を代表する名門ブランド。栄光に彩られた歴史を知るファンにとって、無様な敗退を許せないのは理解できます。誹謗中傷ではない、厳しい叱咤の声は、選手も甘んじて受けるしかありません。

ヤンキース敗退の瞬間、テレビカメラがとらえたのはフードをかぶって呆然とグラウンドを見つめるジャッジの姿でした。


ドジャースは、リーグ優勝シリーズでミルウォーキーに2連敗。

大谷翔平がキャリア最低の不振のまま、LAドジャースが世界一を逃したなら、やはりカメラは大谷の姿を映し、ファンはジャッジ以上の非難を大谷に集めるでしょう。


スクリーンショット 2026-03-24 9.52.45

活躍したら神様。出来なかったら犯罪者扱い。

こんな極端な価値基準を一般社会で受け入れてしまうと、プルデンシャル生命のように、本当の犯罪に走ってしまいます。

ただ、スポーツの世界で厳しいブーイングを浴びせられるのは「お前ら、こんなもんじゃないだろ!」という期待の裏返しです。

「ま、こんなもんか」なら、誰も激しいブーイングもあげません。


勝てばいいのです。




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

認定団体と階級のガン細胞の如き増殖。

カジュアルなスポーツファンで、ボクシングのアルファベット団体のタイトルホルダーを「世界チャンピオン」と認める人は少数派でしょう。というか、もはや、米国ではもちろん日本でもボクシングの世界王者の名前を知っている人はいません。

日本では「井上は知ってる」という人はいるでしょうから、まだマシかもしれません。

そして、米国では常識的なメディアは「ワールドチャンピオン」から「WBAチャンピオン」「WBCのタイトルホルダー」という表現に移行しています。

スクリーンショット 2026-10-08 14.05.05


日本でも、すでに約40年前に渡辺二郎が「世界チャンピオンが2人おるって、どう考えてもおかしいでしょう」と真実を吐露していましたが、メディアもファンも注目することはありませんでした。

「主要」と呼ばれるだけで認定団体が4つ、階級は17。そして、各団体は、認定料の支払い実績がある傘下の地域タイトルホルダーや、高額の認定料を見込める人気選手を優遇、見るも無惨なデタラメランキングが出来上がっています。

米国などではマイナースポーツというだけではなく、スポーツとしての地位も危うくなっているプロボクシング。


米国では1960年頃、日本でも1970年頃まで、ボクシングはメジャー競技。米国ではヘビー級チャンピオン、日本では軽量級でも世界チャンピオンの名前を知らないスポーツファンは1人もいませんでした。

IMG_0019

TIME誌は創刊した1923年に、2人のアスリートを表紙に起用しました。サラブレッドのオーナーでポロ競技選手のステファン・サンフォードと、プロボクサーのジャック・デンプシーです。

ジョン・L・サリバン、ジェームス・J・ジェブリーズ、マービン・ハート、トミー・バーンズ、ジャック・ジョンソン、ジェス・ウィラード、デンプシー…1960年代のモハメド・アリまで世界ヘビー級チャンピオンの名前と系譜はカジュアルなスポーツファンは誦じることが出来るほどメジャーな存在でした。

それが、いまでは「オレクサンデル・ウシクがニューヨークの街を歩いてて、何人の人が彼に気づくだろうか?」(ESPN)という存在になってしまいました。


そして、いま。ボクシングはあらゆるスポーツで神聖な殿堂までその門戸を大きく広げ、殿堂入りの価値まで堕落させているのです。




ボクシングの殿堂が最初に形を成したのは1980年、World Boxing Hall of Fame(世界ボクシング殿堂)でした。

世界ボクシング殿堂はロスアンゼルスで活動していましたが、団体と階級の増殖、米国でのボクシングのステイタス低下の影響もあって有力スポンサーを集めることができず、2010年に解体。

サクラメントに拠点を移して再開していますが、1990年に創設されたInternational Boxing Hall of Fame (国際ボクシング名誉の殿堂 IBHOF)が規模、認知度で大きく上回り、存在感はほとんどありません。

殿堂ではトレーナーやマネージャー、レフェリー、ジャッジ、プロモーター、メディア関係者など非ボクサーも表彰されますが、やはり最も注目されるのはボクサー。

そのボクサー部門はパイオニア部門とモダン部門に大別され、モダン部門から漏れたグレートを〝救済〟する目的などを担うオールドタイマー部門の3つがあります。

この3つの中で最も価値があるのは、もちろんモダン部門。日本人で選出されたのはファイティング原田、ただ1人だけです。原田よりも時代が新しい大場政夫と具志堅用高がオールドタイマー部門で選ばれているのは、モダン部門の選考期間が過ぎたため。

ウィキペディアで、大場と具志堅がモダン部門のように扱われているのは間違いです。

モダン部門は「引退後5年」で資格発生、その後10年で殿堂入りの得票に達しなければオールドタイマーに回る仕組みで、毎年最大3名が選出されていました。

しかし、現在では引退後3年に短縮、今年から毎年4名選出とハードルが大きく下げられました。

1990年の初年度には、モハメド・アリ、ヘンリー・アームストロングら文句なしの20人が殿堂入り、1995年にはファイティング原田とウィルフレド・ゴメス、パスカル・ペレスらが選出。

この時期と比較するのは無理があるかもしれませんが、ダニエル・サラゴサやアーツロ・ガッティの一発殿堂には違和感しかありません。

原田以来のモダン部門は井上尚弥がほぼ確実と見られていますが、これは文句なし。ただ、現状の殿堂のバーゲンセールが続くなら、井岡一翔らの殿堂入りも十分あり得ます。

そして今年は、リストアップされているオマール・ナルバエスはさすがに考えられませんが、今年は史上最悪の事態になりそうな気配なんです…。





このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ