カテゴリ: 恥さらしの人生でした。

平成、令和と時代は移り変わりましたが、まだまだ「昭和」な事象は私たちの周りで蠢いています。

その多くは時代遅れだったり、高校野球の暴力問題に代表される因習の悪だったりします。

そして、きょう発表されたこのニュースも昭和の「因習の悪」でした。

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成績優秀者はその都度表彰され、メダルや賞状だけでなく、今考えても安くない金銭も必ず授与されました。


以下、簡単にまとめます。

◾️◾️◾️予備校や塾の大手、駿台予備校が’26年度の大学入試から合格者数の公表を中止すると発表。

「受験生が複数の塾や予備校、オンライン教材を併用して学ぶのが一般的となり、単一の教育機関の合格者数が本来の意味を持ちにくくなった」のがその理由。

東京大学などの難関国立対策を得意としてきた駿台が合格実績の発表を取りやめることはなぜ注目されるのか?

塾や予備校の東大対策講座には他塾の生徒も多く通い、その生徒たちの合格実績は複数の塾で「ダブルカウント」される。

そのため、東大の合格者数よりも各予備校や塾の合格実績の合計が多くなる。 

特に今はオンラインでの受講が増えたため、複数の塾や予備校に通う生徒の数が大きく増えた。

合格実績に意味がないと思うかもしれないが、志望校に多くの合格者を出している塾や予備校であれば、その志望校の対策が優れていると推測できる。

駿台予備校は全体の合格実績は公表はやめるが、校舎別の実績の公表は続ける。

たとえば、北海道の校舎であれば北海道大学などの地元の大学の合格実績は受験生にとって必要な情報になる。

一方で、塾や予備校が東大の合格者数が多いことをアピールしてブランド力を高め、生徒を集めるという「合格実績ビジネス」は終焉したということ。◾️◾️◾️




▶︎この合格実績、東大や京大は塾や予備校のダブルカウントだけですが、その他の大学の実績は塾や予備校に加えて、個人もダブルカウント、トリプルカウント…されています。

例えば、三つの塾に関わる個人が東大の他に早稲田と慶應でそれぞれ二つの学部で受かったとすると、彼(彼女)は三つの塾に加えて、早稲田と慶應でも二つずつ、つまり15カウントされることになります。

彼(彼女)が通う塾の一つで掲揚された「早稲田500名合格」の張り紙の500名に、彼(彼女)だけで2人カウントされているということです。

このブログでも紹介しましたが、私も塾や予備校から、この〝水増し〟要員として報酬をもらった経験があります。

名目は塾や予備校によってまちまちでしたが「成績優秀者特別賞」「お車代(交通費)」だった記憶があります。

高校の一つ上の先輩・ユーコさんに受験や塾・予備校通いを薦められたのですが、後ろめたい黒歴史です。

18歳前後の当時はお札の入った封筒を受け取って「うわ、こんな大金!」と嬉々としていましたが、あまり人にはしゃべりませんでした。

それでも、同じ塾や予備校に通う同級生たちには察しられ、同窓会や何やらの集まりでも武勇伝のように語られることがありましたが、現役の後輩たちには「そんなことはなかった」ということで通しています。

いま、勉強を教えることのある野球部の中高生に対しても、そんなことは絶対に言いません。

彼らの受験勉強にとって、不要の雑音でしかないでしょう。

学生時代にスポーツで表彰されたことは話すことがありますが。

もちろん、スポーツでは金銭をもらったことなど一度もありませんし、スポーツ選手としても全国レベルだったユーコはオーダーメイドで新商品のシューズやスパイク、ウエアなどの提供を何社からも受けていましたが、それは大っぴらで問題ありませんし、堂々の武勇伝です。



ーーー個人的には金銭をもらう、授業料や講習費が免除されるのも差し支えないと思います。

ただ、複数のカウントに使われ、受験生や親御さんの誤解を招く虚飾の合格実績に関わったことにはやはり後ろめたさが拭えません。

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こいつの着丼を待ってこのお話を書いていましたが、本文とは関係ありません、あしからず。
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一緒に遊んでもらえてる中学校や高校の野球部の部員は増えていますが、世の中は全く違うようで9人を集めることが出来ない学校もあります。

そんな学校からは「合同練習をしてもらえないか」とお願いされることもありますが、難しい問題はたくさんあります。

すでに、私の時代には想像もできなかった、公式戦に参加する合同チームは珍しくありません。ただ、そのケースは2校(あるいは3校以上)がともに9人割れしているケースです。

9人割れしていない私たちにとっては合同チームはありえませんし、合同練習も練習時間やスペースの問題を考えると、受け入れるのは無理です。

子どもたちにとっても、知らない同級生がやって来て、自分たちの練習時間が減るのですから、普通は快く受け入れることは出来ないでしょう。

ただ、直接会ってお話ししてしまうと誰だって、月1回とか2ヶ月に1回とかの合同練習だけでもなんとかならないものかと手を尽くしたくなるものです。

私の世代では信じられませんが「他校の生徒をグラウンドに入れる」だけでも、煩雑な手続きが必要になるのです。

それは、もうどこかにグラウンドを借りてそこでやることにすれば済む話ですが、それよりも重要なことは子どもたちが本当に望んでいるのかどうか。

私が聞いてしまうと「合同練習してもいい」と言うのは決まっているので、顧問の先生を通して子どもたちだけでみんなで話し合う機会をもってもらい、親御さんの思いも確認しました。

そんなことがあったのが1年ほど前。

なんとなく、もしかしたら、いろんな歪みがあるのかもしれないけど、少なくとも私の視界では順調にみんな成長しています。



住みにくい世の中だけど、みんながんばれ。

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朽ち果てるもの。

諸行無常だとか、輪廻転生とか、そんなことはどうでもいい。

朽ち果てるもの、崩れ落ちるものに、ザマアミロではなく、一片の哀愁を贈るのは、かつてそれを受け入れていた者たちにとって、一つの礼節に違いない。

最低なのは、手のひら返しだ。

EXPO70(大阪万博)のシンボル、「お祭り広場の大屋根」を設計したグレートの最高傑作は「東京オリンピック国立屋内総合競技場(代々木体育館)」なのでしょうが、電通旧本社ビルもまた最高傑作の一つでしょう。

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いかにも「昭和」なデザインですが、目を見張るのは屋上から一段高くしつらえられた、戦艦の艦橋のような〝司令部〟です。

ビジネス版の戦艦大和です。

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「昭和」の全てが凝縮された建築です。

正確には「昭和」ではなく、明治から続く、日本が追求した物質文化の象徴です。

いま、世の中で叩かれまくってることは「昭和なこと」で、叩かれていることについては、もちろん「過ち」でした。

あたりまえですが、「昭和」にも良いところは、たくさんありました。

ナチスは「良いこと」もしたのか?というのとは全く違う話です。ナチスの実施した高度な福利厚生制度は多民族には冷徹で、ユダヤ人断絶を企てて暴走してしまう悪魔の所業の裏返し。高速道路も五輪の派手な式典も、ドイツの富国強兵という、やはり悪魔の制服計画の一つでした。



The Collapses〜朽ち果てるものたち。

それは、スポーツの世界で好まれ、深い共感を集めるThe Undefeated(敗れざる者たち)とは真逆の、忌み嫌われるThe Collapses。

昭和的なもの、電通的なもの、フジテレビ的なもの、そんな「昭和の勝者」が敗残した時代、私たちが絶対にしてはいけないことは〝ドイツ兵やナチスの協力者をリンチにかける〟ことではありません。

しかし、そういうこと、少なくともそれに近いことが、平然と行われました。

たまたま、立場が違っただけで、どちらもケダモノだということです。



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忘年会シーズンも佳境に入っています。

独立採算制の強い部署は、結構な費用を計上したりして楽しんでいます。

おかげさまで、ウチも好調で、期末ボーナスを使って月初の週末ちょっと遠ました。

しかし、せっかく出た期末ボーナスを会社の飲み会に使うなんて、信じられない…。

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最近の若い子は会社関係の酒を飲みたがらない、自分の時間を大切にするーーーんじゃなかったのか!?

俺はきっとこのブログでも何度も叩きつけているだろうけど、社会不適合者で会社でもどこでも、集団で飲むのは基本的に一切好まない。

だから、新人が配属されても歓迎会は「やりたければどうぞ」。もちろん、やりやがるから、俺も行かねばならない。

同窓会関係もまず「欠席」だ。

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会社関係などもうとにかく敬遠したいのだが、部署の部下が企画してしまうと「カネだけ出すからみんなで楽しんで来て下さい」というのが通用しない。

中高まで、野球部や陸上部のほんの一部、わずか数人しか私に話しかけてくれる人などいなかったのに、大学時代は交友関係が爆発的に広がったけど、それは大学という特殊な環境下もあったはず。

高校時代までは女子とクリスマスを過ごすとか、バレンタインにチョコレートをもらうとかは一度たりともなく、悲しい青春時代を過ごしていたというのに、何がどう変われば、娘よりも若い部下から酒に誘われたりするなんて、世の中何がどうなっているのか?

もちろん変なことは一切なく、1対1のお誘いはそれを理由に断りますが「よしよし、一緒に飲もう」って言っときながら、全くお誘いがないって、どういう神経してるんですか、と迫ってくるのである。

「2人だけだとなんか変に思われる」なんて、「よしよし、一緒に飲もうと言ったときは一切口にしなかったのに」とか詰め寄ってくるのである。

「二人きりがダメなら今度、奥さん呼んでください。めっちゃ興味ある!」とか、そんなもん天地がひっくり返っても絶対にイヤじゃーーーッ!!!!!というようなことまで言ってくるのである。

もちろん、私にも仕事の話や、いろんな世間話が面白い上司はいましたが(ここまで生きてきてわずか3人くらいか)、自分から積極的に誘うなんて考えられませんでした。

ましてや、異性なら尚更です。

ここまで書いて、会社や仕事関係では異性を誘いませんが、高校時代の一つ上の先輩や、小さな映画館で出会ったお姉さんは、年齢を重ねてからはこっちからも誘うし、結構どうでもいい電話したりしてバカ話に盛り上がってます。

会社の部下たちも同じように俺に親しみを感じてくれてるのかな、とも思いましたが、年が離れすぎ。立場が違いすぎ。

こんなこと、絶対に部下たちの前では言えませんが、誰からもチヤホヤされなかった高校時代は思い出すと最高に面白かった、そして正直、老若男女に慕われる今は、そこまで楽しくありません。

ジジー・ババーの誘いは簡単に断れても、若い子は繊細な気がするので、本当に面倒臭い…。

「ありがとう、でも俺は君たちに慕ってもらう資格なんてないんだよ。そっとしておいてくれ」。
なんて、言っても「それ、フィリップ・マーロウですか?ハードボイルドですね!」と、全く見当違いのことを言って、逆に食いついてくるのである。

そもそも、俺の酔っ払い話も、アホほど本読んでアホほど映画見てたシラフの高校時代のほうが間違いなく面白いはず。

もし、高校時代の俺が今の俺を見たらどう思うだろうか。

「羨ましい」なんて、絶対に思わないだろうな。「大変だなあ」と慰められるか?

それとも「こんなつまんない大人になっちゃうのか」と幻滅されるか。

絶対に会いたくないな、高校時代の俺には。


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シャリキンはやばい…これの飲み過ぎ(食い過ぎ?)はダメダメダメ…。
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もし、あの頃にSNSがあったなら。

あの小さな古い映画館で、同じ時間を何時間も過ごしていた僕たちは、すれ違いで終わってなかったかもしれません。

まともに会話したことがなくても、元ミス近大には冷たいコーラをおごってもらったり、どうみてもあっちの筋の人のおっちゃんには酒を勧められたりしていた不思議な関係は、互いの名前も素性も知らない距離ではなく、SNSの時代なら僕らは何かしら繋がっていたでしょう。

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ミス近さんとは、社会人になってから偶然遭遇、名前もわかって(仮名・三井紀子さん)、いまは同じ横浜に住んでいて年に一回ほど映画を見たり、お酒を飲んだりしています。

あっちの筋のおっちゃんについては、なんとか探せないものか?と、三井さんとの話で話題に上がることもありましたが、なんの手がかりもなく、映画館もとっくの昔に取り壊され、そもそも当時で50歳過ぎには見えましたから、もう90前か、それ以上の年齢になっていると考えられます。

どう見ても不摂生やら暴力の修羅場を潜り抜けてた感満載のおっちゃんが、90過ぎまで生きてるか…?

もう死んじゃってる、生きててもボケてて僕らのことは覚えていない…そんなことを話しました。

先日、三井さんから「あの映画館があった街で酒でも飲もう」と唐突で強引なお誘いがあり、ほんの一言二言交わしただけなのに、三連休の少年野球のコーチを断って、大阪空港の待ち合わせ場所へ。

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ほんわかした雰囲気の三井さんが、結構強めに誘うのは、明らかに何かがおかしいと感じていました。

まさか、この年になって「駆け落ちしよう」なんて、あるわけもなし。

大きな病気を患っていると告白されるのか?とか、いろいろ〝おかしい〟と感じた元を考えても、どれも違う気がしましたが、一つだけ「もしかして」と思い浮かびました。

三井さんとはなんだろう、人間の相性が良いというか、一緒にいると、うまい言葉で話せたり、彼女が何を考えているのか、企んでいるのか、よくわかることがあるのです。



そのときも、直感的に「三井さん、あのおっちゃんを見つけたんだな」と確信しました。


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見事な上弦の月である。

11月17日(日)は兵庫県知事選挙である。

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名前も知らないけど、懐かしい人に会う一泊二日の短い旅である。

僕がまだ高校生の頃、当時30歳過ぎの元ミス近大のお姉さんと、元暴力団の50前のおっさんと、同じ映画館で数えきれないほど多くの映画を一緒に見ていた。

一緒に見ていた、とはいっても互いに知り合い同士ではなく、同じ映画を同じ場所で見ていたというだけで、3人で映画談義をすることなんて一度もないどころか、まともに会話したことすらなかった。


インターネットなど影も形もない時代。


それでも、生きていると、なにが起きるか分からない。

まさか、丹波篠山でこれ以上ない上弦の月を3人で見上げる日が来るなんて。



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「拳闘世界地図」を作るにあたり、プロボクシング5大国の競技人口と歴代PFPをまず振り返ってきました。

現代のリーディング・カントリー米国、パイオニアの英国、そして米国市場を支配しているメキシコと紹介してきましたが、次はフィリピンではなく日本。

これは、他のお話でも同時進行的に進めていますが、まず歴代PFPの候補者を思いつくままに並べてみます。


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その前にPFPについて。

これは、階級制が形成された20世紀初頭にはその概念が生まれていたと言われていますが、ボクシングマニアに広く知られるようになったのは1950年代、ヘビー級の影に隠れていたシュガー・レイ・ロビンソンを評価するツールとしてでした。

PFPの概念が芽生えたのは階級制誕生の頃ですが、広まった1950年代はウエルター級とミドル級のロビンソンの評価を広めるため。

1980年代にはアリ引退の危機的状況でシュガー・レイ・レナードをはじめとした中量級の宣伝材料として。

ーーーこのことから浮き彫りになっている事実は、PFPとはヘビー級に対する弱者の言い訳である、ということです。

「全ての階級を平等に見ると」「体重同一時なら」というPFPという妄想の大前提は、どれもヘビー級に不利なものでした。

しかし、階級は人間が作ったもので、40ポンド近くも重いタイソン・フューリーと現実のリングで戦い勝ってしまうオレクサンデル・ウシクは、PFPの言い訳なしに最強を証明してしまいました。

「PFP」は、1980年からリング誌が年間アワードに組み入れたBEST FIGHTER POLLが定期的に発表するPFPとして最も古いものです。ただ、この企画はリング誌の販売不振と経営難からリストラされ2017年で終わってしまいます。

それでも、1990年から月ごとにPFPを発表(2022年の廃刊で終了)、2010年から続いているデジタルバージョンのPFPだけが残っています。

ここを見逃してしまうと「白井義男やファイティング原田はPFPに数えられていない」という発想につながりかねません。オリジナル8の時代に、PFPトップテンなどあり得ません。

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『「黄金のバンタム」を破った男』(百田尚樹)の中で、エデル・ジョフレがPFP1位と表現されていますが、あれはフィクションです。前述のように、1960年代もPFPは全く一般的ではありませんでした。

ジョフレがPFP1位評価を受けたのはリング誌2012年2月号の1960年代PFPのこと。モハメド・アリらを抑えての1位でした。そして『「黄金のバンタム」を破った男』が出版されたのも、奇しくも2012年でした。

リング誌電子版のPFPは、2015年に山中慎介と内山高志がほぼ同時期にトップテン入り。それから10年足らずで井上尚弥、井岡一翔、中谷潤人と5人がランクイン。

この10年で日本のボクシング界が特別な才能を次々と生み出しているーーーなんてわけはなく、このトレンドが、インターネットの普及と無関係であるはずがありません。

ウシクの存在で存在の根底が揺らいでしまうのがPFPであり、現存するランキングで最も古いのはESPNで2007年頃、そしてリング誌電子版で2010年から。

それ以前に活躍したボクサーは、もしPFPがあればどう評価されていたのか?そんな妄想も絡めて、日本歴代PFPを考えてゆきます。

妄想に妄想を重ねて、まだまだ続きます。



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自らを「偉大」とか「世界の中心」と誇示するのは何も人間だけではありません。それを名乗りたがる国家もあります。

Great Britain(大英帝国)と中華人民共和国はその典型です。

彼らの目線では日本は「Far East(東の果て)」であり「島嶼(島の寄せ集め)」でしかありません。

さて、そのGreat Britain。近代の欧米諸国の価値観を形成したコアであり、ボクシング発祥の国です。

18世紀にこの国で生まれたPrize Fighter(職業ボクサー)が戦うPrize Fightは、最古のプロスポーツとして発展してきました。

王侯貴族がスポンサーになるビッグファイトには高額の賞金がかけられ、国土を持たないユダヤ人など迷える人種にとってPrize Fightは拳一つで貧困と差別を打ち砕くことができる夢の切符でした。

ロンドンのイーストエンド、ユダヤ人ゲットーで生まれたダニエル・メンドーサは18世紀を代表するPrize Fighterです。

そして、1867年には英国クイーンズベリー侯爵ジョン・ショルト・ダグラスが保証人になったクイーンズベリー・ルールが制定され「リングは正方形」「3分1ラウンド」「ラウンドインタバル1分」「グローブ着用」の、現代ボクシングにつながるレギュレーションが整備されます。

米国ではオリジナル8と呼ばれることの多い〝最初の8階級〟も英国で形成されたもので「8Classic(正統8階級)」と表現されています。

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近代ボクシングを描いたのは間違いなく大英帝国でしたが、この国に代わって世界のリーダーとなった米国は、この国の習慣を自らの王道として取り入れました。

さて、英国のオールタイムPFP。これは最も難しい国別PFPでしょう。

イングランド限定ではありません。スコットランドはもちろん、北アイルランドやウェールズもひっくるめてのUKで考えます。


⑩ナジーム・ハメド…ファン・マヌエル・マルケスらメキシコの強豪からあからさまに逃亡したのはマイナス、マルコ・アントニオ・バレラ戦に向かうチキンな言動と試合内容にも幻滅したファンにとっては反論も多いでしょうが、米国で軽量級の夢を見せた功績は大。


⑨ロイド・ハニーガン…BoxRecでは17位、それでも高評価に思えるかもしれませんが、あのときのドナルド・カリーに圧勝したのは鮮烈でした。


⑧タイソン・フューリー…賛否両論でしょうが、ウラジミル・クリチコを判定で封じ込めた勝利を評価。


⑦リッキー・ハットン…凡庸すぎるビチェスラフ・センチェンコと戦った引退試合は余計でしたが、あれがなければ「メイウェザーとパッキャオにしか負けなかった男」。


⑥カール・フランプトン…フェザー級でFighter Of The Yearを獲得した軽量級の星。


⑤カール・フロッチ…とにかく試合が面白かった。


④レン・ハービン…12歳でプロデビュー、34歳で引退。優れたボクサーが12歳でデビュー、これが何を意味するのか?

マニー・パッキャオが鬼神の複数階級制覇を見せていたとき、欧米メディアが「パッキャオより上」と持ち出したのがハービンでした。

フライ級からライトヘビー級までの7階級(パッキャオの17階級時代なら15階級)で世界トップ戦線でリングに上がったハービンが、4団体17階級時代の現代なら15階級制覇していた可能性は非常に高く、パッキャオの8階級制覇を軽く上回る、という理屈です。

まあ、その通りでしょう。現代では12歳のプロデビューは許されないなどの制限はありますが。

日本でもお馴染みの〝無冠の帝王〟ジョー・メデルも現代に生きていたら、間違いなく世界王者になって4〜5階級制覇くらいサラッとしていたでしょう。

ただ、パッキャオの凄みは「ビッグネーム狩り」をやってのけたこと。


③ジョー・カルザゲ…説明不要の最強イングリッシュマンですが、ここでは3位。


②ランドルフ・ターピン…全盛期のシュガー・レイ・ロビンソンから挙げた金星は大きいにも程があります。


①レノックス・ルイス…個人的にも大きなインパクトを受けたヘビー級。



常識的にはターピンが1位なのか?難しい。

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MEN WITHOUT WOMEN は、マチスモ(強靭な肉体と精神を持つ男が最も尊敬される世界)の世界です。その哲学を凝縮させたスタイルが、メキシカン・スタイルです。

打たれたら打ち返す。打撃戦は望むところ。

もし打ち合いに応じないのなら…たとえ彼らのスーパーアイドル、カネロ・アルバレスでも容赦のないブーイングが浴びせららてしまいます。

カネロとゲンナジー・ゴロフキンとの初戦は全くおかしな判定でしたが、メキシコのファンが怒り狂ったのは、そこではありません。

打撃戦を挑んできたGGGから引いて戦ったからです。そのくせ不可解極まるドロー判定に対して「勝ってたのは私」と不満を示したのですから、メキシコのファンからすると「打撃戦から逃げた時点でお前の負けなんじゃ!ボケ!」となるわけです。

フリオ・セサール・チャベスが神の如く尊敬されているのは、誰が相手でも常にメキシカン・スタイルを貫き通したからです。

また、マルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスが、軽量級にもかかわらず絶大な人気を誇った理由も〝そこ〟です。

パッキャオと分の良い勝負を演じたファン・マヌエル・マルケスが、バレラとモラレスに人気の面で遅れをとったのも〝そこ〟が足りなかったから。

彼らが見たいのはボクシングではなく、ファイト、問答無用の殴り合いなのです。

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ファイターがズラリと並ぶメキシコの7人のサムライ(古いデータですまぬ)。

メキシカン・スタイルを突きつけられる宿命を背負った彼らの系譜で、ディフェンスも巧みにブレンドしているカネロはスペシャルなメキシカン・スタイルを完成させたと言えるでしょう。

さて、メキシコの歴代最強PFPです。

上記の7人は当確でしょうかね。

扱いに困るのがオスカー・デラホーヤのような米国代表でバルセロナ五輪に出場しながらも、メキシコをアピールし続けたファイターです。

幸い、現時点でオールタイムPFPの俎上に上がるのはデラホーヤくらい。

アマ、プロ、プロモーターと三つの舞台で頂点に立ったゴールデンボーイは10位に。


⑩オスカー・デラホーヤ

⑨カネロ・アルバレス

⑧カルロス・サラテ

⑦ルーベン・オリバレス

⑥ビセンテ・サルディバル

⑤マルコ・アントニオ・バレラ

④エリック・モラレス

③ファン・マヌエル・マルケス

②サルバドル・サンチェス

①フリオ・セサール・チャベス


リカルド・ロペスを入れたかったのですが、メキシカン・スタイルの話の流れでは圏外か。

しかし、このランキング、10年後にもやると〝米国生まれ・米国育ちのメキシカン〟だらけになりそうです。

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