「拳闘世界地図」を作るにあたり、プロボクシング5大国の競技人口と歴代PFPをまず振り返ってきました。

現代のリーディング・カントリー米国、パイオニアの英国、そして米国市場を支配しているメキシコと紹介してきましたが、次はフィリピンではなく日本。

これは、他のお話でも同時進行的に進めていますが、まず歴代PFPの候補者を思いつくままに並べてみます。


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その前にPFPについて。

これは、階級制が形成された20世紀初頭にはその概念が生まれていたと言われていますが、ボクシングマニアに広く知られるようになったのは1950年代、ヘビー級の影に隠れていたシュガー・レイ・ロビンソンを評価するツールとしてでした。

PFPの概念が芽生えたのは階級制誕生の頃ですが、広まった1950年代はウエルター級とミドル級のロビンソンの評価を広めるため。

1980年代にはアリ引退の危機的状況でシュガー・レイ・レナードをはじめとした中量級の宣伝材料として。

ーーーこのことから浮き彫りになっている事実は、PFPとはヘビー級に対する弱者の言い訳である、ということです。

「全ての階級を平等に見ると」「体重同一時なら」というPFPという妄想の大前提は、どれもヘビー級に不利なものでした。

しかし、階級は人間が作ったもので、40ポンド近くも重いタイソン・フューリーと現実のリングで戦い勝ってしまうオレクサンデル・ウシクは、PFPの言い訳なしに最強を証明してしまいました。

「PFP」は、1980年からリング誌が年間アワードに組み入れたBEST FIGHTER POLLが定期的に発表するPFPとして最も古いものです。ただ、この企画はリング誌の販売不振と経営難からリストラされ2017年で終わってしまいます。

それでも、1990年から月ごとにPFPを発表(2022年の廃刊で終了)、2010年から続いているデジタルバージョンのPFPだけが残っています。

ここを見逃してしまうと「白井義男やファイティング原田はPFPに数えられていない」という発想につながりかねません。オリジナル8の時代に、PFPトップテンなどあり得ません。

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『「黄金のバンタム」を破った男』(百田尚樹)の中で、エデル・ジョフレがPFP1位と表現されていますが、あれはフィクションです。前述のように、1960年代もPFPは全く一般的ではありませんでした。

ジョフレがPFP1位評価を受けたのはリング誌2012年2月号の1960年代PFPのこと。モハメド・アリらを抑えての1位でした。そして『「黄金のバンタム」を破った男』が出版されたのも、奇しくも2012年でした。

リング誌電子版のPFPは、2015年に山中慎介と内山高志がほぼ同時期にトップテン入り。それから10年足らずで井上尚弥、井岡一翔、中谷潤人と5人がランクイン。

この10年で日本のボクシング界が特別な才能を次々と生み出しているーーーなんてわけはなく、このトレンドが、インターネットの普及と無関係であるはずがありません。

ウシクの存在で存在の根底が揺らいでしまうのがPFPであり、現存するランキングで最も古いのはESPNで2007年頃、そしてリング誌電子版で2010年から。

それ以前に活躍したボクサーは、もしPFPがあればどう評価されていたのか?そんな妄想も絡めて、日本歴代PFPを考えてゆきます。

妄想に妄想を重ねて、まだまだ続きます。