リングの中なら怖いもの知らず、4階級も上のアミール・カーンとの試合だって、ビリーは二つ返事で引き受けた。
口が悪いファンは「早い話が噛ませ犬じゃないか」と後ろ指をさす。「トップランクや帝拳、カーンみたいなパワーハウスに都合の良い、不幸な噛ませ犬」と嘲笑う。
なるほど、面白いモノの見方じゃねぇか。
ビリー・ザ・キッドが不幸だって?
実に面白い。
お前たちは、トップランクや帝拳、カーンに一泡吹かせるチャンスを掴んでローブをくぐるビリー〝The Kid〟ディブのギラギラした目を見たことがあるのか?
あいつが不幸に見えるってんだから、見たことがねぇんだろう。
あんなに幸せそうな男はいないぜ。世界を驚かせてやるって目をしてた。
そんな幸せな経験、あんたらは一度も巡り会うことなく、つまらない人生を終えるんだろ?
あいつのギラギラした目とは正反対の魚の腐ったような目をして「世界を驚かせてやる」なんてハッタリをかますことなんて一度も出来ないまま、死んでいくんだろ?
といういうわけで、ビリーは、同じオーストラリア人のジョージ・カンボソスとの試合に備えてキャンプに入った。
ボクシングファンなら、カンボソスの名前を知らないわけがあるまい。〝Ferocious(獰猛な)〟ジョージはオーストラリアじゃ、ちょっとしたスポーツセレブさ。
あのマニー・パッキャオのスパーリングパートナーをつとめ、テオフィモ・ロペスに初黒星を付けたスーパースターだ。
38歳のビリーより年は8歳下のスター選手カンボソスに勝てば何が起きるのか、誰にだってわかっていた。
自己紹介が遅れたな。
俺はビレル〝Baby Face〟ディブ。俺もプロボクサーだ。3歳上のビリーと同じラストネームだが、兄弟じゃない、親友だ。同じレバノン系のオーストラリア人だ。
無敗のままジュニアライト級のナショナルタイトルを獲った。
このクラスでWBOオリエンタル(暫定)、IBFオーストラリアンのベルトもコレクションした。
ビリーの大勝負、俺以外にスパーリングパートナーに相応しいやつはいない。
ボクサーの性ってやつで、練習のスパーリングがオーバーヒートすることはよくあることだ。
でも、このキャンプは特別。ビリーが万一怪我でもしたら一世一代のチャンスをフイにしてしまう。
それなのに、ある日、ビリーが俺のボディを受けて、がひどく痛がってスパーは中止。肋骨を痛めたんじゃないかと心配して、病院に急行したんだ。
医者は骨に異常はないと診断したが、ビリーは帰宅してからも「この痛みは普通じゃない」と悶えていた。
次の日も病院に行くと、血液疾患の専門医が他の病院での検査を薦めてくれた。
すると、そこで結腸癌が見つかった。
「ものすごい早期発見だ。この段階の結腸癌は自覚症状がほとんどないはずなのに」と驚く医師たちを見ながら、俺たち二人は「スパーリングでボディを叩いたのさ」と笑って見せた。
医師たちは「あんたたちがプロボクサーなのは知っていたけど、まさかそんな方法で早期発見できるなんて!」と、また驚いていた。
俺が「これからは下手な健康診断よりも激しいスパーで早期発見する時代だ」と冗談を言うと、みんなで大爆笑。
まあ、でも…。
人生ってやつはどこまでも残酷で、何が起きるか誰にもわからない。
結腸から腫瘍を切除したビリーだったが、結腸癌はアンダーカードだった。
その後の検査でメインイベンターが発見されてしまった。バーキットリンパ腫だ。進行性が早く、あっという間に死に至ることもある、恐ろしい癌だ。
「人生はボクシングほどうまくはいかない」って言ったのはイベンダー・ホリフィールドだったが、まさにそういうことだ。
ビリーは世界チャンピオンにもなったプロボクサーだ。戦うことには慣れているが、これはもう、全く種類の違う厄介な戦いだった。
身長もリーチも、サウスポーなのかオーソドックスなのか、階級も何もかもわからない、そもそも目に見えない敵だ。どうやって戦って良いのかさえわからない。
わかっていることは敵は強大で攻撃的で、無慈悲であることだけ。
ビリーはこの戦いが極めて厳しいものになると覚悟していた。そして、絶対に負けられないということも。
彼は、最初の妻サラを癌で失っていた。ビリーとサラは二人で最後まで戦ったが、悲しい結果に終わってしまった。
ビリーにとって、癌との戦いはこれが初めてではなかったんだ。
ビリー・ザ・キッドは56試合のリングに上がり、48勝27KO6敗2分2NCの戦績を残している。
負けてもそのたびに必ず、立ち上がって来た。
ヤツはド根性の男だからな。56試合も戦って連敗は一度もない。勝負事は苦しいときほど大事だってことをわかってるからさ。
連敗したら商品価値が下がるってのは二の次で、これはファイターのプライドの問題だ。
癌に愛する人を奪われ、次は自分も倒される…それは、絶対に連敗しないビリーの流儀、信念に反することだった。
This was one fight he couldn’t lose.
REFUSE 2 LOSE.
絶対に負けられない戦いが、始まった。再婚した妻と幼い息子を残して死ぬわけにはいかなかった。
戦いの場所は病室、ベッドの上。
ベッドに寝ながらビリーは「ボクシングじゃなくて良かった。ボクシングだとこれはダウン。とっくにテンカウントされてKO負けだった」と軽口を叩いていたが、ボクシングなら主審やコーナーが救ってくれるが、癌は…。容赦がなかった。
After nearly six months of treatment that took its toll on Dib emotionally and physically, he lost his hair, endured blinding headaches and felt constant pain. It took him to the very precipice.
全身の激しい痛みにのたうち回り、食欲を失い痩せ細り、化学療法で髪の毛が全部抜けたビリーを見るのは、…俺の人生で一番辛いことだった。
息をするのも苦しいはずなのに、あいつは俺を見ると冗談を飛ばしてくるんだ。
「見ろよ、この体。きっとバンタム級リミットも割ってるぞ。ジュニアライト級であんなに苦労した減量が嘘みたいだ!」。
意識朦朧のビリーが、うわ言のように神に祈っているのを聞いてしまったことがある。
「運命は最初の妻を奪い、今度は私を連れて行こうとしている。運命は潔く受け入れます。でも、私が死んだ後、妻と息子は不幸にしないでください。どうか二人の面倒を見てやってください」。
「何を弱気になってるんだ!2連敗してもいいのか!」。心の中で叫びながら、俺には泣くことしかできなかった。
口が悪いファンは「早い話が噛ませ犬じゃないか」と後ろ指をさす。「トップランクや帝拳、カーンみたいなパワーハウスに都合の良い、不幸な噛ませ犬」と嘲笑う。
なるほど、面白いモノの見方じゃねぇか。
ビリー・ザ・キッドが不幸だって?
実に面白い。
お前たちは、トップランクや帝拳、カーンに一泡吹かせるチャンスを掴んでローブをくぐるビリー〝The Kid〟ディブのギラギラした目を見たことがあるのか?
あいつが不幸に見えるってんだから、見たことがねぇんだろう。
あんなに幸せそうな男はいないぜ。世界を驚かせてやるって目をしてた。
そんな幸せな経験、あんたらは一度も巡り会うことなく、つまらない人生を終えるんだろ?
あいつのギラギラした目とは正反対の魚の腐ったような目をして「世界を驚かせてやる」なんてハッタリをかますことなんて一度も出来ないまま、死んでいくんだろ?
といういうわけで、ビリーは、同じオーストラリア人のジョージ・カンボソスとの試合に備えてキャンプに入った。
ボクシングファンなら、カンボソスの名前を知らないわけがあるまい。〝Ferocious(獰猛な)〟ジョージはオーストラリアじゃ、ちょっとしたスポーツセレブさ。
あのマニー・パッキャオのスパーリングパートナーをつとめ、テオフィモ・ロペスに初黒星を付けたスーパースターだ。
38歳のビリーより年は8歳下のスター選手カンボソスに勝てば何が起きるのか、誰にだってわかっていた。
自己紹介が遅れたな。
俺はビレル〝Baby Face〟ディブ。俺もプロボクサーだ。3歳上のビリーと同じラストネームだが、兄弟じゃない、親友だ。同じレバノン系のオーストラリア人だ。
無敗のままジュニアライト級のナショナルタイトルを獲った。
このクラスでWBOオリエンタル(暫定)、IBFオーストラリアンのベルトもコレクションした。
ビリーの大勝負、俺以外にスパーリングパートナーに相応しいやつはいない。
ボクサーの性ってやつで、練習のスパーリングがオーバーヒートすることはよくあることだ。
でも、このキャンプは特別。ビリーが万一怪我でもしたら一世一代のチャンスをフイにしてしまう。
それなのに、ある日、ビリーが俺のボディを受けて、がひどく痛がってスパーは中止。肋骨を痛めたんじゃないかと心配して、病院に急行したんだ。
医者は骨に異常はないと診断したが、ビリーは帰宅してからも「この痛みは普通じゃない」と悶えていた。
次の日も病院に行くと、血液疾患の専門医が他の病院での検査を薦めてくれた。
すると、そこで結腸癌が見つかった。
「ものすごい早期発見だ。この段階の結腸癌は自覚症状がほとんどないはずなのに」と驚く医師たちを見ながら、俺たち二人は「スパーリングでボディを叩いたのさ」と笑って見せた。
医師たちは「あんたたちがプロボクサーなのは知っていたけど、まさかそんな方法で早期発見できるなんて!」と、また驚いていた。
俺が「これからは下手な健康診断よりも激しいスパーで早期発見する時代だ」と冗談を言うと、みんなで大爆笑。
まあ、でも…。
人生ってやつはどこまでも残酷で、何が起きるか誰にもわからない。
結腸から腫瘍を切除したビリーだったが、結腸癌はアンダーカードだった。
その後の検査でメインイベンターが発見されてしまった。バーキットリンパ腫だ。進行性が早く、あっという間に死に至ることもある、恐ろしい癌だ。
「人生はボクシングほどうまくはいかない」って言ったのはイベンダー・ホリフィールドだったが、まさにそういうことだ。
ビリーは世界チャンピオンにもなったプロボクサーだ。戦うことには慣れているが、これはもう、全く種類の違う厄介な戦いだった。
身長もリーチも、サウスポーなのかオーソドックスなのか、階級も何もかもわからない、そもそも目に見えない敵だ。どうやって戦って良いのかさえわからない。
わかっていることは敵は強大で攻撃的で、無慈悲であることだけ。
ビリーはこの戦いが極めて厳しいものになると覚悟していた。そして、絶対に負けられないということも。
彼は、最初の妻サラを癌で失っていた。ビリーとサラは二人で最後まで戦ったが、悲しい結果に終わってしまった。
ビリーにとって、癌との戦いはこれが初めてではなかったんだ。
ビリー・ザ・キッドは56試合のリングに上がり、48勝27KO6敗2分2NCの戦績を残している。
負けてもそのたびに必ず、立ち上がって来た。
ヤツはド根性の男だからな。56試合も戦って連敗は一度もない。勝負事は苦しいときほど大事だってことをわかってるからさ。
連敗したら商品価値が下がるってのは二の次で、これはファイターのプライドの問題だ。
癌に愛する人を奪われ、次は自分も倒される…それは、絶対に連敗しないビリーの流儀、信念に反することだった。
This was one fight he couldn’t lose.
REFUSE 2 LOSE.
絶対に負けられない戦いが、始まった。再婚した妻と幼い息子を残して死ぬわけにはいかなかった。
戦いの場所は病室、ベッドの上。
ベッドに寝ながらビリーは「ボクシングじゃなくて良かった。ボクシングだとこれはダウン。とっくにテンカウントされてKO負けだった」と軽口を叩いていたが、ボクシングなら主審やコーナーが救ってくれるが、癌は…。容赦がなかった。
After nearly six months of treatment that took its toll on Dib emotionally and physically, he lost his hair, endured blinding headaches and felt constant pain. It took him to the very precipice.
全身の激しい痛みにのたうち回り、食欲を失い痩せ細り、化学療法で髪の毛が全部抜けたビリーを見るのは、…俺の人生で一番辛いことだった。
息をするのも苦しいはずなのに、あいつは俺を見ると冗談を飛ばしてくるんだ。
「見ろよ、この体。きっとバンタム級リミットも割ってるぞ。ジュニアライト級であんなに苦労した減量が嘘みたいだ!」。
意識朦朧のビリーが、うわ言のように神に祈っているのを聞いてしまったことがある。
「運命は最初の妻を奪い、今度は私を連れて行こうとしている。運命は潔く受け入れます。でも、私が死んだ後、妻と息子は不幸にしないでください。どうか二人の面倒を見てやってください」。
「何を弱気になってるんだ!2連敗してもいいのか!」。心の中で叫びながら、俺には泣くことしかできなかった。




