1月23日(日)エディオンアリーナ(大阪)
◾️コミッション:日本ボクシングコミッション
◾️プロモーター:本田明彦(帝拳プロモーションズ)
121ポンド(約54.89キロ)契約8回戦
13年ぶりに来日したイグナシオ・ナチョ・ベリスタインは18日に帝拳ジムで行われた公開練習のあと「テクニック的にはロブレスの方が優れている。サウスポーに勝つために練習をしてきた。彼は(私が育てた)30人目の世界王者になる可能性がある」と自信を語りました。
トレーナーの手腕を語るとき、多くの世界王者を「育てた」と表現されることがあります。
「育てた」という言葉からは、アマチュア時代からボクシングの〝ABC〟を教えて、プロ転向後もトレーナーの文字通り「指導(train)した」と受け止めてしまいますが、現実にはそうではありません。
その意味で、ファン・マヌエル・マルケスはナチョが育てた最高傑作です。プロに入ってからコーナーに立ち続けたマルケス弟も「育てた」と言っても全く差し支えないでしょう。
一方で、29人の中にはオスカー・デラホーヤやフリオ・セサール・チャベスJr.のような、「育てた」とは到底言えない選手も含まれています。
ゴールデンボーイに至ってはコーナーに着いたのは、アンジェロ・ダンディと共同トレーナーをつとめた1試合(マニー・パッキャオ戦)だけ。
それでも、欧米目線でナチョが関わった最も有名な選手となるとゴールデンボーイ一択、軽量級に理解が深い日本でも「デラホーヤらを育てた名トレーナー」という紹介になってしまいます。
フレディ・ローチが育てた選手にマイク・タイソンが挙げられるのも、「私が指導したときには悪い癖が染み付いて修正が効かなかった(タイソンが重要な試合を落とすのは私のせいじゃない)」と嘆いていたように、「育てた」というのは全く当てはまりません。タイソンを「育てた」というなら、その悪癖を染み付かせてしまったケビン・ルーニーらです。
今回のロブレスは、指導歴6年といいますからナチョが「育てた」と言えるでしょう。
ナチョが指導した選手を見渡すと、マルケス兄やヒルベルト・ローマン、リカルド・ロペスに代表される攻防兼備のボクサーから、ビクトル・ラバナレスやマルケス弟、レイ・バルガスのような乱闘型のファイターまで、一貫性がないように思えます。
ボクシングへの取り組み姿勢・規律(disciplin)にしても、サラゴサやロペスのようなプロフェッショナルから、ラバナレスのような劣等生まで、さまざまな生徒が混在しています。
ナチョに限らず、「育てた」選手と「短期講習的な指導」の選手が混在しているので、一貫性がないのは当然です。
それでも、ナチョが手がけた全ての選手に垣間見えるのは、アッパーカットをキーパンチとする滑らかなコンビネーション。
1939年7月31日生まれ、84歳のナチョが30人目の世界チャンピオンのコーナーに陣取る日が来るでしょうか?
そして、それは〝目利き〟の帝拳が厳選したロブレスである可能性も、ほんの少しはあるのでしょうか?
天心vsロブレスの試合までに終わりそうもない「ナチョ・ベリスタインの生き様」、もう少しお付き合い下さいませ。
コメント
コメント一覧 (4)
人によってはこの人が力を入れて育てたボクサーが弱いはずがないといったフィルターを掛けるでしょうね
天心はいい相手を選びました
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
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