2月11日がまたやって来ます。

今年は、28年前のあの日と同じ日曜日です…。

海外メディアは、また今年も、あの日何が起きたのか、そしてあの場所で何が終わって、何が始まったのかを回顧、検証するのでしょう。

新事実が掘り出されたり、当事者が想い出を語ったり、興味深いレポートが専門メディアを中心に特集されるはずです。

1990年2月11日、東京ドームでは、台本通りのショーが行われる予定でした。台本といっても、完璧な演者が登壇するのですから、テイク2もありえない、予定調和のイベントが粛々と進行するはずでした。


一瞬の煌めきほど美しいものはありません。一瞬だから、美しいのかもしれません。

ずっと点灯してたら、迷惑な壊れた信号です。

何度も明滅してたら、子供に見せることが出来ない下品なネオンです。



マイク・タイソンの人生は、目を背けたくなる悲惨なエンディングが避けられない悲劇にしかならない…その全盛期ですら、彼の昏い目を見た誰もが、そう確信しました。

どんな人生にも、夏があれば冬もあります。

しかし、ブルックリンのゲットーで育った黒人少年の夏はあまりにも暑すぎ、その冬はあまりにも寒すぎました。

小説や映画でも語り尽くせないアイアンマイクの物語は、彼がこの世に生まれた1966年6月30日から時系列を追うようなことでは描ききれません。

彼は、幾つもの濃密すぎる春夏秋冬を経験して、現在位置に辿り着いたのです。

あれから28年経った2018年、楽しそうに笑うタイソンの表情を見ることが出来るなんて、誰も想像だに出来なかったでしょう。

彼は、リング上では常に番狂わせを起こされる立場で、そのキャリアで一度もオッズをひっくり返したことはありません。

圧勝、楽勝を予想された試合で何度も惨敗し、不利予想で上がったリングでは例外なく対戦相手の拳に沈められました。

まさに、〝逆マニー・パッキャオ〟でした。

その犯罪歴やリング内での蛮行からだけでなく、「勝ったのは弱い相手ばかり」とその実績も疑問視する声もありました。

それでも、マイク・タイソンが紡いだ浮き沈みの激しい半生は、一体何が「浮き」で、何が「沈み」なのかを哲学的に問いかけてくる重厚な物語でもあります。
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「THE SURVIVOR」(生き残った人、修羅場を切り抜けた人)…サバイバーという言葉は、大病や大きな困難を乗り越えた人に使われる重い言葉ですが、それでもマイク・タイソンを語るとき、この言葉ですら物足りなく思えてしまいます。=写真はリング誌2014年11月号=

物語の最初の舞台は、1990年の東京です。