まず、最初にお断りしなければならないのは、私は長嶋茂雄を知りません。
正確にいえば、プレイヤーとしての長嶋茂雄を知りません。
「長嶋茂雄」という巨大なアイコンに対して、当時の私は全くの新参者で、新参者が必ず踏む轍をやはり踏んでしまいます。
「長嶋なんて選手としては今の時代には通用しない」。「監督としてはすでにメディアが非難しているように、名選手名監督にあらずの典型」。「長嶋がカリスマなのは天然の性格と、何よりも時代に恵まれたから」…。
国民的英雄。
国民的英雄が存在する大前提は「日本列島が価値観を共有できる時代」であること。
しかし、そんな時代が遥か彼方に過ぎ去り、多様な価値観が錯綜する現代に大谷翔平が現れました。
長嶋茂雄と大谷翔平はどちらが日本列島を熱狂させたのか?
さて…。
いま、「長嶋茂雄と大谷翔平の背番号は?」と聞かれて、どちらの正解率が高いでしょうか?
おそらく、結果は誰もが予想した通りになるはずです。
この質問に「絶対的な自信を持って答えること」という条件まで付けると、もはや勝負になりません。
2人の全盛期の間に、半世紀を優に超える歳月が横たわっていることを考えると、とんでもないことに思えてきます。
しかし…。
「背番号への執着があった時代との比較は公平じゃない。銭湯の下駄箱の三番が真っ先に取られるなんて貧しい時代の象徴。大谷のボブルヘッド人形を求めて米国人は長蛇の列を作る。貧しい時代に恵まれただけの長嶋なんて、メジャーに行ったとしても通用してなかった。大谷とは格が違う」。
もし私がいま、15歳なら、そんなことを言ってしまいそうです。
もし…。
長嶋茂雄がいなければ、誰かが〝長嶋茂雄〟になっていて、やはり高度経済成長時代の国民的英雄となって、それまで人気面で六大学と同等か以下だったプロ野球を国民的娯楽にまで押し上げていたのでしょうか?
長嶋茂雄を知らないくせに、知ったふうに語るのを、しばらくご容赦ください。
正確にいえば、プレイヤーとしての長嶋茂雄を知りません。
「長嶋茂雄」という巨大なアイコンに対して、当時の私は全くの新参者で、新参者が必ず踏む轍をやはり踏んでしまいます。
「長嶋なんて選手としては今の時代には通用しない」。「監督としてはすでにメディアが非難しているように、名選手名監督にあらずの典型」。「長嶋がカリスマなのは天然の性格と、何よりも時代に恵まれたから」…。
国民的英雄。
国民的英雄が存在する大前提は「日本列島が価値観を共有できる時代」であること。
しかし、そんな時代が遥か彼方に過ぎ去り、多様な価値観が錯綜する現代に大谷翔平が現れました。
長嶋茂雄と大谷翔平はどちらが日本列島を熱狂させたのか?
さて…。
いま、「長嶋茂雄と大谷翔平の背番号は?」と聞かれて、どちらの正解率が高いでしょうか?
おそらく、結果は誰もが予想した通りになるはずです。
この質問に「絶対的な自信を持って答えること」という条件まで付けると、もはや勝負になりません。
2人の全盛期の間に、半世紀を優に超える歳月が横たわっていることを考えると、とんでもないことに思えてきます。
しかし…。
「背番号への執着があった時代との比較は公平じゃない。銭湯の下駄箱の三番が真っ先に取られるなんて貧しい時代の象徴。大谷のボブルヘッド人形を求めて米国人は長蛇の列を作る。貧しい時代に恵まれただけの長嶋なんて、メジャーに行ったとしても通用してなかった。大谷とは格が違う」。
もし私がいま、15歳なら、そんなことを言ってしまいそうです。
もし…。
長嶋茂雄がいなければ、誰かが〝長嶋茂雄〟になっていて、やはり高度経済成長時代の国民的英雄となって、それまで人気面で六大学と同等か以下だったプロ野球を国民的娯楽にまで押し上げていたのでしょうか?
長嶋茂雄を知らないくせに、知ったふうに語るのを、しばらくご容赦ください。
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