明日は今日よりずっと素晴らしい。

高度経済成長というなりふり構わず前だけを見て突き進んでいた、そんな時代が豊かなわけがありません。

とにかく、前へ前へと走るだけで、周りを見る余裕がない、何か大切な忘れ物をしてる気もするけど、それを取りに引き返すことは絶対のタブー。

なんと乾き切って味気のない虚しい時代だったのでしょうか…。

公害が垂れ流され、学校では優生法が教えられる…弱い者、無駄に見えるものを徹底的に排除して、強い者だけが得をする社会。

普通なら、暗黒時代です。

画一的な宗教観に支配された中世ヨーロッパのように、暗黒の時代として語られたとしても不思議ではありません。


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極めて近い将来、長嶋茂雄を最もよく識る男が読売ジャイアンツの監督に就くはずです。

そして、それは、ひまわりのようなニュースとなって、日本列島を駆け巡るでしょう。

しかし、そこまで大きな反響を呼ぶのは、多くの人が、その男に〝長嶋茂雄から託された宿命を背負った使者〟の姿を見るからです。



私は長嶋茂雄を知りません。

しかし、私は長嶋茂雄をよく知る大人に囲まれて育ちました。


中学生の頃までは、長嶋茂雄を時代に恵まれたスーパースターだと勘違いしていました。

高校になって、何かが違うと感じ始めました。

現役時代にどれほど眩く輝いたスターでも、監督になると、そのオーラは薄まります。

しかし、監督になってからも世界は長嶋茂雄を中心に回っていました。

長嶋茂雄の選手としての全盛期を知らない私の違和感に、大きな仮説が噴き出てきました。

もしかしたら、この〝長嶋茂雄・監督〟は現役時代よりも、そのオーラが弱体化しているのではないか?

ーー!

だとしたら、現役時代に撒き散らしていたカリスマのオーラはどれほど強烈だったのでしょうか?

イチローが、あるいは大谷翔平が監督になっても、彼ほど極彩色のカラーは発散出来ないでしょう。



いくつもの暗い影が染み付いた高度経済成長時代が前向きに語られることが多い、その一つの理由は長嶋茂雄の明るさだったのかもしれません。

そう、長嶋茂雄は時代に恵まれました。

…戦後から1960年代まで、国民的英雄が渇望されていた時代でした。

そんな時代のテレビ視聴率で個人競技でありながら、東京五輪の人気競技と互角以上の視聴率を残したのが力道山とファイティング原田でした。

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彼らは、長嶋茂雄を上回る最大瞬間風速を記録していました。

しかし、彼らは〝四番サード・長嶋茂雄〟にも〝長嶋・監督〟にもなれませんでした。

力道山は、プロレスがスポーツの仮面を剥がされなければ、その出自が長崎県出身の日本人のままなら〝長嶋茂雄〟になれたのでしょうか?

ファイティング原田がPFPキングの〝黄金のバンタム〟エデル・ジョフレではなく、世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリを撃破していたら〝長嶋茂雄〟になれたのでしょうか?


高度経済成長時代に「明日は今日よりずっと素晴らしい」と、1億人が信じてきたわけではありません。

ただ、もしかしたら長嶋茂雄を見ていたら、1億人がそんな気分になれたのかもしれません。