1892年に行われた世界ヘビー級タイトルマッチ(ジョン・L・サリバンvsジェームス・J・コーベット)でクイーンズベリー・ルールが初めて適用されてから132年の歴史を刻んできた近代ボクシング。

当時はほぼ1階級、無差別級の時代。階級制が大前提のPFPという概念は存在しようもありませんでした。

その後、1920年代に現在に連なるオリジナル8のクラス分けが整いますが、なにしろ8階級しかない、世界チャンピオンが地球上に8人しかいない時代です。

PFPという考え方はあったかもしれませんが、PFPベスト10などを妄想する余地すらありませんでした。

もちろん当時から、このスポーツには世界的な統括団体が存在せず、プロモーターと結託した英国の管理団体や米国ニューヨーク州、WBAの前身NBAが世界王者を認定する承認ビジネスの原型が出来上がっていました。

Sanctioning Body、アルファベット団体とも呼ばれる認定団体については、どこかで書きかけていたのでまた再開しますが、この薄汚い団体が増殖し、いたずらに階級を細分化、様々なタイトルを濫造することで、PFPという妄想を掻き立てる病原菌を撒き散らしてきたことは間違いありません。

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スポーツの持つ本来の分かりやすさから遠く離れた脳内遊戯PFPが、最初に世に広まったのは1950年代、シュガー・レイ・ロビンソンの登場によってでした。

…そういえばSLRの話も書きかけであった、たぶん。

Fighter Of The Yearのような歴史も賞としての実体(リング誌が年間PFP1位にベルトを贈呈していたこともありましたが、それも継続的なものではありませんでした)もなく、ただでさえ記憶や記録に残りにくいのがPFPです。

しかも、いまは無数のネットメディアが独自のPFPを月に何度もシャッフルする時代。

10年前、2014年5月時点のPFPランキングをESPNでもリング誌でも、諳んじることが出来るマニアはおそらくいないでしょう。

2004年ともなると、もはや1位ですらあやふやになるはずです。

PFP。

個人的には「なんとでも言える」この奇天烈なロジックは、そのアンチテーゼ、マニー・パッキャオやオレクサンデル・ウシクの存在も飲み込んで大好きです。

というわけで〝敗者の詭弁〟PFPをロビンソンの時代から一気にまくし立てます。