hisa (IP:182.165.127.177)
「刑事コロンボ」のコロンボ警部(主演:ピーター・フォーク)の中で、何度も台詞として登場する「My Wife……」、単に「妻」とか「うちの嫁」ではなく、「うちのカミさん」と意訳したのはこれ以上ないと感じます。コロンボのカミさん、どんな人だったのでしょうかね?
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「うちのカミさん」は大失敗に終わった「ミセス・コロンボ」で主役になりますね。
「コロンボ」、無名のスピルバーグが「構想の死角」を監督するなど、若い才能を積極的に登用する作品でもありました。私が見たときは何度目かの再放送、スピルバーグが監督したことを知ってから見たのですが。
日本のコロンボは小池朝雄の吹き替えもドンピシャ。〝とぼけた刑事〟像は古畑任三郎や杉下右京と名前を変えて影響を残し続けています。
個人的には最初のタイソン来日時に東京ドームでバイトしていたとき、見事に通訳をこなす他の大学生がいて、帰国子女だと確信していた彼と話してみると「英語はコロンボで勉強した」。外国に行ったこともない田舎者で「テレビはNHKしか映らないから、コロンボしか楽しみがなかった」。
もちろん、彼も当時はボクシングファンで、私がリング誌を愛読していると聞くと「僕の大学図書館にそんなのない。見たい、読みたい」というので、案内したこともありました。
今では年賀状をやり取りするだけで、何十年も会っていません。もうずっと前、20世紀末にはボクシングには全く興味がなくなってしまったようで、いつだったかの年賀状には「まだボクシング見てますか?僕はもうすっかり興味を失ってしまって」と書いていました。
あの頃、タイソン来日は社会現象で、日本ではアイルトン・セナやジョン・マッケンローを遥かに凌ぐ衝撃的なまでのビッグネームでした。
あの時代、ハグラー、レナード、タイソン…海外ボクシングが最も人気を博した時代でもありました。
そう言えば、コロンボのイメージが強烈なピーター・フォークが銀幕で輝きを放った「ベルリン天使の詩」(日本公開1988年)も、まさにこの頃の作品でスプラッシュヒット。
監督のヴィム・ヴェンダースはいま、まさに盛り上がっている東京国際映画祭の〝主役〟の一人。23日のオープニングセレモニーでのスピーチも味わい深いものでした。
「うちのカミさん」から東京国際映画祭に話が飛ぶとは…。まだまだ書きたいことありますが、丸の内線が目的駅に滑り込むので乱文散文そのまま失礼。

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フシ穴の眼
が
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