時代やカテゴリーを超えた格付けは、そもそもが不可能です。

「投手のレベルが違う。強力な中継ぎ、抑え投手なんて私の時代にはいなかった。村上君の方が大変な時代」(王貞治)なんて謙遜には「さすが世界の王」と平伏するしかありません。

しかし「21世紀」という縛りなら 、時代の問題はある程度はある程度考えなくても良いかもしれません。

しかし、異なるスポーツの優劣となると、どうしようもありません。

サッカーW杯のベスト16と、WBC優勝はどっちが上か?あるいは、ラグビーW杯の優勝では?

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 あるいはイチローを特徴づける「安打数」は、あらゆる打者が目指しているものなのか?四球を好まず(アムさんから指摘いただいたように「敬遠」は多いのですが、トータルの四球は少ない)、高い打率とは不似合いな出塁率。

ボール球に手を出して凡退しながらチームで王様気取り…イチローがマリナーズのチームワークを乱してしまうのは、当然のことでした。

まあ、当時はイチローが「自分のことしか考えていない」と批判される記事を読むたびに「こんな日本人が現れたか」とニヤニヤしていましたが。

もちろん、打率でなく安打数へのこだわりこそがイチローのイチローたる所以です。

打率にこだわると守りの意識が強くなり挙げ句の果てはライバルの動向を見て出場・不出場をするという、ファンからしたら「何それ?」という世界に突入してしまいます。

一方で、安打数を意識すると、攻撃的にしかなりません。イチローが全試合、全イニング出場で首位打者を取り続けたスタイルは、2位との差が大きく離れていたからというだけではありません。競り合っていても同じことをしたでしょう。

偉大さにも程があります。

守りに入った競技者など、ファンは見たくもありません。

しかし、「262」を達成するには「強打者でない」という裏付けも必要です。最多安打は、大谷翔平やアーロン・ジャッジには関係のないタイトルです。

ドーパーであったことはさておき、史上最強の打者バリー・ボンズもこのタイトルとは無縁でした。

米国のヘイターが「イチローは所詮、象ではない」と言ったのは、そういうことです。


もちろん「【21世紀の日本人アスリート】純粋に評価して誰がNo.1なのか?【尺度は恣意的なものが入り込まない事実と数字だけ】」の中では、単純な不世出度だけでない見方をしてゆきます。