黄金週間なのに、なせか仕事である。
13:30からのオンライン会議の資料がまとまったので、優秀なバイトの慶大生が買ってきてくれたビッグマックを貪りながら書いてます。
ビッグマック、手も端末もあちこち汚れるし、食べにくいけど、久しぶりに食べるとめちゃめちゃ美味しいのである。

「 なぜ、その(二刀流という)発想がなかったのか。彼のレベルでなくても、両方できた人はいたと思います。巨人でも桑田真澄さんや斎藤雅樹さんはバッティングがよかった。歴史の中で、(二刀流の)発想がなかったのは、野球界の怠慢なのかもしれません」
13:30からのオンライン会議の資料がまとまったので、優秀なバイトの慶大生が買ってきてくれたビッグマックを貪りながら書いてます。
ビッグマック、手も端末もあちこち汚れるし、食べにくいけど、久しぶりに食べるとめちゃめちゃ美味しいのである。

「 なぜ、その(二刀流という)発想がなかったのか。彼のレベルでなくても、両方できた人はいたと思います。巨人でも桑田真澄さんや斎藤雅樹さんはバッティングがよかった。歴史の中で、(二刀流の)発想がなかったのは、野球界の怠慢なのかもしれません」
日本外科学会定期学術集会の講演に立った松井秀喜の言葉は、全くその通りです。
1964ー65年にサンフランシスコ・ジャイアンツの中継投手として成功を収めた村上雅則から、1995年に野茂英雄が太平洋を渡るまでの30年間にも、MLBに通用した選手は何人もいたでしょう。
日本では傑出した投手ではなかったという意味で〝格好のサンプル〟だったはずの村上の偉業を、まるで墓場に埋めるかのようにしてMLBへの挑戦という発想を除外してきたのは、やはり野球界の怠慢でした。
もし、MLBという〝超一軍〟が発想にあったなら、セ・リーグとパ・リーグの人気格差はあれほど悲惨な開きにならず、ドラフトで読売や在京セ・リーグがを希望する若い才能も劇的に少なくなっていたはずです。
桑田も清原和博も、あんなに醜い読売へのこだわりなど見せず、2人とも「夢はメジャーで二刀流」と、仲良く語っていたかもしれません。

人間は既成概念を積み重ねてしまう生き物です。可能性をどんどん排除してゆく消去法で生きています。これはスポーツでも仕事でも、人生でも同じです。
そこで形成された、同時代の識者から普通の市民までが同調する鋼鉄の既成概念は、宗教的な絶対性を持って「日本人はMLBでは通用しない」「二刀流なんて絶対不可能」と決めつけてしまうのです。
彼らが積み重ねてきた既成概念という名の偉そうな聖書の中で、すでに彼らなりの正解が導かれてしまっているのです。
「MLBで通用しなかっり、活躍できなくなったポンコツ外人が日本では大活躍する。逆は絶対にあり得ない。そんな怪物ランドでひ弱な日本人が通用するわけがない」「二刀流なんて誰も成功していない。100年前のベーブ・ルースがやってたといっても時代が違いすぎる。高校生でも分業制が進んでいる野球界、しかもトップレベルで二刀流なんてあり得ない」。
一見、正論に聞こえます。確かに日本で居場所を失った二軍選手がMLBに行って、ホームラン王や最多勝に輝くことはあり得ないでしょう。
しかし、日本の全盛期の超一流がMLBに行っても通用しないのか?となると、野茂以前は挑戦すらしてなかったわけで何の答えも出ていませんでした。しかも、高卒2年目の村上がMLBで活躍したという成功例があるのです。もし、全盛期の金田正一や稲尾和久がMLBに挑戦していたら、通用しなかったと考える方が不自然です。
二刀流はベーブ・ルースが諦め、王貞治が最初から断念しました。つまり、誰もそこにしがみついてのたうち回って挑戦したことがなかったのです。「歴史上誰も出来なかった」のではなく「歴史上誰もやらなかった」だけの話です。
もちろん、二刀流もMLB行きと同じく「誰でも出来る」わけはなく、日本の超一流の中でさらに適性と才能を濾過して現れた選手が挑戦したら、松井が言ったように「大谷のレベルでなければ」何人も候補はいますし、大谷のレベルでも10年に1人レベルで出現すると思います。
大谷翔平は歴史上でたった1人という、空前絶後の才能ではありません。
江川卓や松坂大輔、中田翔も十分な潜在能力があったと思います。
もちろん、周囲にとっても簡単なことではありません。
ファイターズで大谷と二刀流に挑戦した栗山英樹監督は「予想はしてたが、ほとんど全ての偉大なOBの方やファンが絶対に無理だと大騒ぎした。はっきりした結果を早く出さないと、焼き尽くされてしまう」と、魔女狩りが加熱することへの心配を募らせました。
そして、それを「革命にはリミットがある」と非常にわかりやすい直裁な言葉で表現して見せました。魔女狩りの炎に焼き尽くされる前に、奴らを黙らせる明白な結果を出さなければならないのです。
あなたたちが必死で信じていた既成概念は大間違いですよ、と。
ユニコーンと魔女、実はこの二つの言葉は同義語です。世界から喝采を浴びたらユニコーン、排除の対象にされたら魔女です。
排除から逃れて、狩られずに生き残った魔女がユニコーンと呼ばれるのです。
そして、魔女がユニコーンに孵化する時間には、世間がでっち上げた既成概念という厳しいタイムリミットが横たわっています。
一方で、栗山は「結局、私たちは歴史の上に立っている。先人たちから学んでここにいる」とも語り、彼が半世紀以上も前の三原脩の野球観を信奉していることも告白しています。
「実は、三原さんはとっくにやってたんです。二刀流。その事実はすごく勇気になりました」。

三原は近鉄バファローズ時代に漫画「あぶさん」のモデルの1人であった永淵洋三、ヤクルト・スワローズ時代に外山義明ら「適性と才能を濾過した選手」を積極的に二刀流として起用していたのです。
「三原さんが大谷翔平を見たら、もう迷わず二刀流をさせた、それは間違いありません」。
1984年にプロ入りした栗山は、その年に亡くなった三原脩に会ったことがありません。
後に、三原ノートという聖書を偶然手にして、その教義に心酔してゆくのです。すぐ身近に存在した野村克也には全く目も向けずに…。
野村とは対極だった三原の選手への接し方、メディアの扱い方とは、何だったのか。
傲慢そのものの落合博満を恭順させた稲尾、自分のペースでしか動かない野茂とイチローを手懐けた仰木彬。
稲尾が「三原さんならお前に三冠王捕らせるだけじゃなく、優勝もさせてたのに」と懐かしみ、仰木が野茂やイチローに「三原さんならもっと気持ちよく野球をさせてあげただろうに、俺はまだまだだ」と悔しがった、三原脩。
1960年代にパ・リーグの田舎球団を率いたに過ぎない三原脩に、世界を睨んだ 21世紀の指導者・栗山英樹がなぜあそこまで崇拝するのか。
私の大好きな「あぶさん」や「野球狂の詩」などの水島作品が、三原脩の野球観が盛り込まれた物語だと気づいたのは、高校時代に「当て馬」を読んだときでした。
それ以来…実は私も三原信者です。
コメント
コメント一覧 (2)
才能だけで(とはいえ、一般プロ選手並のトレーニングを行った上で)大谷翔平をなぞるには少なくとも100年に1人の才が必要ではないでしょうか。そして、その間に生まれる10人の「10年に1人の逸材」の中で、何人が大谷翔平と同じ生き方ができるか、いや、もはや「できるか」というより「選択するか」でしょうか。メディアで公表されているオフシーズンの大谷翔平の日常生活が真実であるならば、今の彼の人生は常軌を逸していると言っていい。
何が言いたいかというと、そんな簡単にはユニコーンは現れないのではないか、と言う事です。…そうは言いながらスケールだけはバカにでかいアメリカの事です。びっくりするようなタレントが出てくるのかもしれませんが。(でも、イチローの記録は破られそうにないですね)
ところで、「当て馬」って野球狂の詩の短編ですか?スタメンに名前はあるものの第1打席から必ず代打を当てられ、1打数もない選手の話。監督の鉄さんが倒れて代わりに代行監督するやつでしたっけ。
フシ穴の眼
が
しました