日本人ボクサーはどうして人気階級で世界王者になれないのか。

富裕国で人気があるクラスの興行規模が、人気のない軽量級と比べて大きくなるのは当然です。

また、選手層が厚く、競技レベルが高かなるのも当然です。

そして、ミドル級やウェルター級の世界王者を、軽量級のように気軽に日本に呼ぶことは出来ません。

軽量級でデフォルトの「日本で世界戦」は、人気階級ではまずあり得ません。「海外で世界挑戦」となります。

ただでさえ層が厚くレベルも高く、コストもかかる人気階級の世界戦です。さらに、アウエーの環境でやるとなると、生半可なリスクの大きさではありません。

さらに「世界王者を日本に呼んでタイトル奪取(王者の報酬などコストはかかる)→報酬とリスクの低い挑戦者との防衛戦で利益を積み重ねる」という軽量級のビジネスモデルは、人気階級では通用しません。

まず、挑戦するのもままならず、ウェルター級に至ってはJBC創設から71年、いまだに成功例がないのです。

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ミドル級では竹原慎二と村田諒太と2人だけですが、アルファベット王者を生み出しました。

しかし、防衛できたのは村田だけ。ビッグネームと対戦できたのも村田だけで、その結果は敗北でした。

軽量級のように安易に挑戦したり、王者になれないのは仕方がありません。長期政権が築きにくいのも当たり前です。

カネがかかり、レベルが高いのですから。

軽量級で世界王者になるのと同じ成功率を、人気階級にも求めるのは誰が考えても虫が良すぎる話です。

それにしても、71年間でミドル級で2人、ウェルター級ではゼロというのは悲惨な結果です。

その原因は、挑戦する機会があまりにも少ないということに集約されます。

その背後には、人気階級に期待するファンの声が盛り上がらないという現実が横たわっています。

「黄金のバンタム」「PFP」などというモノサシではファイティング原田や井上尚弥らは世界の頂点を極めたことになります。

1団体10階級時代に2階級制覇している原田の存在感は別格、原田が勝利したエデル・ジョフレは60年代のPFPキング(リング誌)という評価もされています。

しかし「多くの人は(60年代PFPキングは)モハメド・アリだと考えているだろう」(リング誌)というのが現実です。

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↑完全に誤解を招く表現です…↑

それでも、日本では矢吹丈も辰吉丈一郎も長谷川穂積も山中慎介も井上尚弥も、みんなバンタム級です。

日本ではバンタム級は愛着のある階級かもしれませんが、米国や英国では問答無用の不人気階級です。

そこに引け目を感じることなど微塵もありません。

そこに引け目を感じている人が〝嘘〟をつきます。騙された人は、バンタム級にも人気階級と同じ「華やかなラスベガス」が存在すると思い込んでしまいます。

当然、人気階級で活躍する日本人を求める気持ちは希薄になります。軽量級で〝事足りている〟と信じ込まされているのですから。


〝井上信者〟のような無知蒙昧であるがゆえに可哀想な人たちをミスリードしてきた日本のボクシング界ですが、そこには「本音と建前」を使い分ける大人たちも存在し続けて来ました。

1987年5月。アイドル的人気を博したプロボクサー、福田健吾を主演にした映画が公開されました。

福田の主戦場はフェザー級でしたが、映画のタイトルは「ウェルター」。翌年の後楽園ホールの口の悪いオッサンどもは「なんで『フェザー』じゃないんだ?鳥の羽のフェザーじゃカッコ悪いからか?」とヤジを飛ばしていました。

実は、多くの人が「フェザーではカッコ悪いからウェルターなんだ」とわかっていました。

もし、生まれたての赤ん坊に神様が「お前はプロボクサーになる、階級は選べる」と告げたとしたら、誰がバンタムやフェザー級を選ぶでしょうか?

そこから思い至らないと、嘘に翻弄される井上信者のような被害者は何度も再生産されるだけです。

人気階級で旋風を巻き起こすのだ!

そして、ボクシングの階級には〝貴賎〟があることを知ったときにこそ、軽量級の素晴らしさを嘘ではなく正しく見つめ直すことができるはずなのです。