ジュニアフェザー級以下で、日本人ボクサーは誰に勝ったのか?

日本人の世界王者のほとんどは、欧米ではほとんど注目されないこの階級ゾーンから輩出されてきました。


7位と6位は、典型的な「数字だけ王者」です。



【第7位】オマール・ナルバエス

無敗のままフライ、ジュニアバンタム級の2階級を制覇。いずれも二桁防衛と、完璧な数字を並べたアルゼンティーナでしたが、対戦相手の質は低く、PFPにも全く縁がありませんでした。

「これだけの数字を並べてPFP10傑に入らない、というのは逆に難しい」と揶揄された〝伝説の名王者〟。

3階級制覇を狙ったノニト・ドネア戦では、全く勝つ気のないサバイバルモードに終始、「今世紀最低の試合。観戦者にファイトマネーからチケット代を払い戻すべき」(リング誌)とヘタレの烙印を押されます。

ジュニアフライ級の井上尚弥を迎えた防衛戦では「井上があそこまで攻撃的に入ってくるとは想定してなかった」という気の緩みから、2ラウンドで粉砕されてしまいます。

そして、再び3階級制覇に挑んだゾラニ・テテ戦で、またもやヘタレぶりを披露、2度目の「今世紀最低の試合」をマークしてしまいます。

井上が倒したのは〝伝説の名王者〟の39歳バージョン。それでも、パブロ・ゴメスに敗れた引退試合を除くと、負けたのはドネア、井上、テテと文句なしの強豪だけでした。

オッズも専門家予想も「井上の勝利」に大きく傾いていたにもかかわらず、日本では「伝説の名王者」「井上、危うし」「ナルバエス敗れるのニュースは世界を震撼させた」というフェイクな論調が主流で、無知蒙昧な井上信者をいたずらに増殖させてしまいました。





【第6位】ウィラボン・ナコンルアンプロモーション

ナルバエスと同類の「数字だけ王者」。

ウィラポンは、ラジャダムナン・スタジアム認定のタイトルを3階級制覇、賭けが成立しなくなって国際式に転校という「タイの王道」を行進した俊才です。

プロ4戦目でWBA王者になるも、初防衛戦でナナ・コナドゥに2ラウンドで破壊されて陥落。

辰吉丈一郎からタイトルを奪った第2次政権では、長谷川穂積に敗れるまで14度防衛。その15試合のうち日本人との対戦は辰吉と2試合、西岡と4試合、長谷川と1試合、7戦全てを敵地(日本)で戦いました。

世界戦は19試合を戦い14勝6KO3敗2分ですが、対戦相手に文句なしの強豪は見当たりません。

長期政権を築いたにもかかわらず、PFPランキングとは無縁。2010年で引退、13年が経とうとしていますが、PFPにもかすらなかったのですから、当然殿堂入りにも程遠い「数字だけ王者」の典型でした。

長谷川が勝利したのは、そんな「数字だけ王者」の36歳バージョンでした。