イエローストーン国立公園の間欠泉のように、マイク・タイソンの話は時々思いだしたくなります。

タイム誌やニューズウィーク誌はもちろん、リング誌までもが「ボクシングは斜陽スポーツ産業」だと書き立てられた80年代中盤、私たちはマイク・タイソンの登場を体感しました。

 

60〜70年代はソニー・リストン、モハメド・アリ(ローマ五輪金)、ジョー・フレイジャー(東京五輪金)、ジョージ・フォアマン(メキシコ五輪きん)と国民的アイコンがチャンピオンベルトを争奪した時代でしたが、他のヘビー級は有象無象という時代にタイソンは唐突に登場しました。

「唐突」という表現は実際には間違っています。

周到なマーケティングでデビューから注目を集め、軽量の雑魚ボクサーに連戦連勝することで自信を深めていった少年が、マイケル・ジェラルド・タイソンでした。

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1988年と1990年。

ベーブ・ルースにモハメド・アリ、ジョージ・フォアマン、ペレ、マラドーナ、メッシ、マニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザー…外国人アスリートの来日が日本列島を沸かせたことはこれまでに何度もありました。

しかし、マイク・タイソンの来日ほど衝撃的で、その一挙手一投足が注目された「事件」は前代未聞でした。

もし、比肩できる外国人が存在するとしたら…ビートルズくらいでしょうか。ただし、あっちは4人がかりのイロモノ楽隊。こっちは議論する余地のない世界ヘビー級チャンピオンです。

どちらが上かを決めるのは、ボクヲタです。

4対1のハンデキャップマッチでも、イロモノ楽隊は4人とも第2ラウンド開始ゴングを聞くことができないでしょう。

それは1988年3月と、1990年2月。まだ肌寒い春先と、真冬の季節でしたが、 あの日の東京ドームだけは、間違いなく真夏でした。

さて、あの喧騒を、同じ時代に、極めて近距離で、まだ瑞々しい感性があったはずの私が体験した思い出です。