リング誌電子版に「BORN ON THIS DAY(今日は誰の誕生日?)」という企画があります。
今日(米国時間12月23日)は、113年前の1909年にバーニー・ロスが生まれた日です。
日本史的には、この年の10月26日 、伊藤博文が安重根に暗殺され、国葬が執り行われました。
ボクシング的には、英国ボクシングニューズ誌が創刊されたのが1909年。この前年にジャック・ジョンソンが黒人初の世界ヘビー級王者に就いていました。
まだ、オリジナル8がフィックスされる前夜、ライトヘビー級は1906年のフィラデルフィア・オブライエンを最後に、タイトルマッチが再開されるのは6年後の1912年まで待たねばなりませんでした。
ミドル級王者は伝説中の伝説、スタンリー・ケッチェル。ウェルター級はマイク・ツイン・サリバン、ライト級王者は強打のアド・ウォルガスト、フェザー級は1903年から長期政権を継続中のエイブ・アッテル。
日本だけでしか通用しない〝黄金のバンタム〟は、まだ118ポンドにリミットが確定されていない液状化時代。王者もディガー・スタンレー(英国)とディガー・スタンレー(米国)が並走する、Undisputed championなき時代でした。とはいえ、英国(118ポンド)と米国(116ポンド)ではバンタム級のリミットが違い、階級名称は同じでも事実上異なる階級でした。
当時から軽量級は注目度が低く、126ポンド(フェザー級)よりも軽いクラスは全て「バンタム級」で一まとめにされていたのです。
そして、やはり日本限定の〝伝統のフライ〟はまだ制定前。初代王者は英米で見解が分かれるものの1913年のジド・スミスがルーツとする見方が大勢のようです。
1909年とは、WBAの前身であるNBAはもちろん、ニューヨーク州アスレティック・コミッションもない時代でした。英国ではBBBofC(英国ボクシング管理委員会)の前身であるNSC(ナショナル・スポーティング・クラブ)が、世界戦の統括・認定を取り仕切っていました〝分断の時代〟です。
113年前と現代のプロボクシングに共通項を見出すとしたら、その一つは行き止まりに突き当たった八方塞がりの貧しく、差別に苦しむ人種が支えているということです。
アイルランド人、イタリア人、米国黒人、そしてユダヤ人。
バーニー・ロスはユダヤ人でした。
前置きが長くなりました。
▶︎バーニー・ロスはいくつもの顔を持っている。
プロボクサー、マフィア、米国兵士、米国の英雄。
決して止まらない攻撃で勝利を重ねたファイターとしては、ライト級とジュニアウェルター級、ウェルター級の3階級制覇を達成した稀代のグレートは1909年12月23日、ポーランドからニューヨークに移住した宗教学者イシドロ・ロソフスキーとサラ・エステインのユダヤ人夫婦の間に、ドヴ・バー・ラソフォスキとして生まれた。
父親はユダヤ教の祭司ラビを務めるかたわら、シカゴに引っ越して貧民街の片隅で理髪店と食料雑貨店を経営していた。
ロブはアル・カポネの使い走りをするなど、闇社会に足を踏み入れていく。
そんな、暗く凶悪な毎日で出会ったのが、同じユダヤ人で6歳も年下のジェイコブ・ルーベンスタイン。彼に誘われるまま、ドヴはボクシングを始めていた。
年の差なんて関係なく、二人は刎頚の友となった。
アマチュア時代からその才能を爆発させたドヴは、周囲の反対を押し切り、カポネの幹部〝タフ・トニー〟カペジオ、〝マシンガン・サム〟ハントンボの手引きでプロボクサーになる。
人生をリセットすることと、ユダヤ人の名前だと差別されることからと、マシンガン・サムはリングネームを授けた。
バーニー・ロス。この日は、ある意味で2度目の誕生日だ。
ガダルカナル島の死闘でもロスはリング同様に勇敢な戦いぶりを見せ、シルバースターとパープルハート、プレジデンシャル・シタシオンと三つの勲章を授与された。
一方、ロスの幼馴染で親友のルーベンスタインもまた米国史、世界史に名前を刻む人物として、誰もが知ることになる。
そして、彼もまたユダヤ人の名前を捨てていた。
世界史の教科書の中に「ジェイコブ・ルーベンスタイン」の名前を探しても、どこにも見つからないだろう。
そこでは、彼の名前は「ジャック・ルビー」になっているのだから。
https://fushiananome.superknova.org/archives/13327941.html
https://fushiananome.superknova.org/archives/13455342.html
今日(米国時間12月23日)は、113年前の1909年にバーニー・ロスが生まれた日です。
日本史的には、この年の10月26日 、伊藤博文が安重根に暗殺され、国葬が執り行われました。
ボクシング的には、英国ボクシングニューズ誌が創刊されたのが1909年。この前年にジャック・ジョンソンが黒人初の世界ヘビー級王者に就いていました。
まだ、オリジナル8がフィックスされる前夜、ライトヘビー級は1906年のフィラデルフィア・オブライエンを最後に、タイトルマッチが再開されるのは6年後の1912年まで待たねばなりませんでした。
ミドル級王者は伝説中の伝説、スタンリー・ケッチェル。ウェルター級はマイク・ツイン・サリバン、ライト級王者は強打のアド・ウォルガスト、フェザー級は1903年から長期政権を継続中のエイブ・アッテル。
日本だけでしか通用しない〝黄金のバンタム〟は、まだ118ポンドにリミットが確定されていない液状化時代。王者もディガー・スタンレー(英国)とディガー・スタンレー(米国)が並走する、Undisputed championなき時代でした。とはいえ、英国(118ポンド)と米国(116ポンド)ではバンタム級のリミットが違い、階級名称は同じでも事実上異なる階級でした。
当時から軽量級は注目度が低く、126ポンド(フェザー級)よりも軽いクラスは全て「バンタム級」で一まとめにされていたのです。
そして、やはり日本限定の〝伝統のフライ〟はまだ制定前。初代王者は英米で見解が分かれるものの1913年のジド・スミスがルーツとする見方が大勢のようです。
1909年とは、WBAの前身であるNBAはもちろん、ニューヨーク州アスレティック・コミッションもない時代でした。英国ではBBBofC(英国ボクシング管理委員会)の前身であるNSC(ナショナル・スポーティング・クラブ)が、世界戦の統括・認定を取り仕切っていました〝分断の時代〟です。
113年前と現代のプロボクシングに共通項を見出すとしたら、その一つは行き止まりに突き当たった八方塞がりの貧しく、差別に苦しむ人種が支えているということです。
アイルランド人、イタリア人、米国黒人、そしてユダヤ人。
バーニー・ロスはユダヤ人でした。
前置きが長くなりました。
▶︎バーニー・ロスはいくつもの顔を持っている。
プロボクサー、マフィア、米国兵士、米国の英雄。
決して止まらない攻撃で勝利を重ねたファイターとしては、ライト級とジュニアウェルター級、ウェルター級の3階級制覇を達成した稀代のグレートは1909年12月23日、ポーランドからニューヨークに移住した宗教学者イシドロ・ロソフスキーとサラ・エステインのユダヤ人夫婦の間に、ドヴ・バー・ラソフォスキとして生まれた。
父親はユダヤ教の祭司ラビを務めるかたわら、シカゴに引っ越して貧民街の片隅で理髪店と食料雑貨店を経営していた。
ロブはアル・カポネの使い走りをするなど、闇社会に足を踏み入れていく。
そんな、暗く凶悪な毎日で出会ったのが、同じユダヤ人で6歳も年下のジェイコブ・ルーベンスタイン。彼に誘われるまま、ドヴはボクシングを始めていた。
年の差なんて関係なく、二人は刎頚の友となった。
ある日、強盗に押し入られて父親が射殺されてしまう。ドヴはまだ14歳だった。深い悲しみに沈んだ母親は廃人のようになり、一家は離散。
ドヴにとってジェイコブとボクシングだけが、生きている証だった。
ドヴにとってジェイコブとボクシングだけが、生きている証だった。
アマチュア時代からその才能を爆発させたドヴは、周囲の反対を押し切り、カポネの幹部〝タフ・トニー〟カペジオ、〝マシンガン・サム〟ハントンボの手引きでプロボクサーになる。
人生をリセットすることと、ユダヤ人の名前だと差別されることからと、マシンガン・サムはリングネームを授けた。
バーニー・ロス。この日は、ある意味で2度目の誕生日だ。
リングの中で輝かしいレガシーを築き上げたロスは1938年、ヘンリー・アームストロングに世界ウェルター級王座を奪われて引退。
その後、1941年の真珠湾攻撃に愛国心を燃やしたロスとルーベンスタインは「日本の侵略から母国を守る」と米軍入り。
世界チャンピオンに与えられた仕事は、安全な後方部隊で兵隊相手にボクシング指導することだったが、ロスは「前線に送り出してくれ。国のために戦いたいんだ」と志願、激戦地に進んで赴く。
ガダルカナル島の死闘でもロスはリング同様に勇敢な戦いぶりを見せ、シルバースターとパープルハート、プレジデンシャル・シタシオンと三つの勲章を授与された。
しかし、戦地で負った負傷とマラリアの治療で処方されたモルヒネの中毒に苦し目られてしまう。リハビリ施設に入ったロスに医師は「中毒症状がひどく完全に薬を断つには1年以上かかる」と診断したが、わずか4ヶ月で薬物から立ち直った。
健康を取り戻したロスは言い放った。「人生最大の敵は日本軍、次はアームストロングだった。薬物?それは大した相手じゃなかったよ」。
一方、ロスの幼馴染で親友のルーベンスタインもまた米国史、世界史に名前を刻む人物として、誰もが知ることになる。
そして、彼もまたユダヤ人の名前を捨てていた。
世界史の教科書の中に「ジェイコブ・ルーベンスタイン」の名前を探しても、どこにも見つからないだろう。
そこでは、彼の名前は「ジャック・ルビー」になっているのだから。

https://fushiananome.superknova.org/archives/13455342.html

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