暴力団の名前を持ち出す〝山根明〟の一連の騒動は、噴飯モノで滑稽で化石的な事件でしたが、20世紀に入ってからも長い間、プロスポーツの世界は被差別者と反社会勢力と密接に絡み合って来ました。

現在、一応、表面上、見かけは合法的に活動している体裁のプロボクシングのプロモーターたちの血筋にも、この時代の黒いDNAを脈々と受け継がれているのかもしれません。

そうであるなら、ボブ・アラムの三枚舌と脱税も、ドン・キングの選手を搾取する犯罪的な契約も、アル・ヘイモンの怪人っぷりも、オスカー・デラホーヤの倒錯性向も、スッキリ説明することが出来ます。

今夜は、ボクシングの世界に深く根を下ろした深い闇にスポットを当てます。

禁酒法時代からジョンFケネディ暗殺まで、魑魅魍魎の輩が跳梁跋扈、活躍、暗躍した時代に生きた二人の男「ジャックとバーニーの物語」です。

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舞台は20世紀初めのシカゴ。

禁酒法時代のシカゴです。小説や映画に出てくるディープな犯罪都市、シカゴです。

マフィアが残虐で熾烈な縄張り争いを繰り広げ、ボクシングのリングでは八百長が横行、メジャーリーグでは〝ブラックソックス事件〟が起きた、あの時代のシカゴです。

ニューヨークからやって来たアル・カポネが、シカゴ・タイプライター(マシンガン)の連射音をBGMに街を闊歩していたシカゴ。

裁判所から出て来たシューレス・ジョーにファンの少年が「嘘だと言ってよジョー!」と泣いた、シカゴ。

当時のカポネは下っ端だった、少年ファンの言葉は〝違訳〟されている…なんて細かいことは、今やどうでも良いことです。

この時代のシカゴのゲットーで、二人の気の合うユダヤ人少年、ジャックとバーニーがギャングスターとプロボクサーいう〝台本〟通りの人生を疾走した、秀逸なフィルム・ノアール(犯罪映画)のリアルバージョンです。

ジェイコブ・ルーベンスタイン、ジャックはポーランド系ユダヤ人の移民で、物心ついた頃からボクシングに没頭していました。

荒れ果てた街で、差別の目に晒されるつらい毎日でしたが、グローブをはめてリングに上がると、嫌なことを全部忘れることが出来ました。

そのジムで、6歳年上の同じユダヤ人のドヴ・バー(バーネット)・ラソフォスキと出会います。

ジャックとバーネットは、6歳の年の差(少年時代ではとてつもない差です)にもかかわらず、最初から意気投合しました。

意外というか、当然というか、ユダヤ人という人種とは関係なく、民族や宗教、差別について語ることなど一切無かったのに、ジムで出会った二人はその日のうちに親友になります。

「ボクシングをやってる間はいろんなことを忘れることが出来るな」。

二人は強烈に共感しても「お前が忘れたいことって何なんだ?」とは絶対に聞きませんでした。

二人の母親が過酷な日常に押し潰されて、重度の鬱病に苦しんでいたことも、互いに知っていましたが、それに触れることも一切ありませんでした。

「ボクシングの世界チャンピオンになろうぜ」。

口数の少ない二人の夢は単純明解で、不純物など何も混ざるわけもなく、どこまでも澄み切っていました。

ドヴ・バーが14歳のとき、理髪店を営む父親が押し入って来た二人組の強盗に射殺されてしまいます。

困窮する貧しいラソフォスキー家に救いの手を差し伸べたのは、アル・カポネとその仲間、〝タフ・トニー〟カペジオ、〝マシンガン・サム〟ハントでした。

シカゴを牛耳るマフィアをスポンサーに、バーネットはプロボクサーになります。

家族がプロボクサーになることに反対していたため、バーネットはリングネームを使います。

バーニー・ロスです。

クイーンズベリールール史上初の2階級同時保持の3階級制覇を達成、ライト級とジュニアライト級でトニー・カンゾネリと激闘を繰り広げ、ウェルター級でも〝ベビーフェイス〟ジミー・マクラーニンとも史上に残る打撃戦を展開しました。

9年間のプロキャリアで72勝22KO4敗3分。その偉大な79試合で、一度もKO負けはありませんでした。

1938年に世界ウェルター級の王座を、あのヘンリー・アームストロングに追われて引退。

1941年、大日本帝国の真珠湾攻撃に愛国心を燃やしたロスとルーベンスタインは、米軍入りします。

著名な世界チャンピオンに与えられた仕事は兵隊相手のボクシング指導でしたが、ロスは「前線に送り出してくれ。国のために戦いたいんだ」と志願。

太平洋戦争の大転換となったガダルカナル島を巡る死闘で、ロスは勇敢な戦いぶりを見せてシルバースターとパープルハート、プレジデンシャル・シタシオンと三つの勲章を授与され、ボクシング史だけでなく、米国史でも偉大なヒーローとなりました。
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リング誌1943年3月号。軍服に身を包んだロスがグローブをはめてファイティングポーズを取っています。巻頭特集は「徴兵制がボクシングに与える影響」。こんな時代は二度と御免です。

しかし、戦地で負った負傷とマラリアの治療で処方されたモルヒネの中毒に陥ってしまいます。リハビリ施設に入ったロスに医師は「中毒症状がひどく完全に薬を断つには1年以上かかる」と診断しましたが、あろうことか経ったの4ヶ月で薬物から完全に立ち直ったのです。

「人生最大の敵は日本軍、次はアームストロングだった。薬物?それは大した相手じゃなかったよ」。



一方、ロスの幼馴染で親友のルーベンスタインも米国史、いいえ世界史にその名を刻む人物として、誰もが知ることになるのですが…。