大きなルール変更、改革が進んでいるMLBは、来季からピッチタイマーの導入、1〜3塁ベースの大型化、極端な守備シフトの禁止を導入します。
選手の怪我防止なども目的の一つだと説明していますが、攻撃側に有利な状況を作って試合を面白くすることが最大のテーマです。
つまりファン目線に立った変革。
大谷ルールも、そんな姿勢の一つです。
米国にとにかく右に倣えの日本でも、この改革が導入される可能性は大。
野球は「時間」の縛りが無い、同点のまま9回の表裏が終わると延長線に入る、珍しいスポーツです。
野球が他のスポーツと比べて、新しいファン獲得に遅れをとってきたのは、ルールの複雑さに加えて、いつ終わるのかわからない試合も珍しくない試合時間の長さです。
米国らしいラディカルな改革です。
現代では、緊迫した投手戦は「緊張感のある好試合」ではなく「盛り上がりに欠ける膠着戦」ということです。
欧州が本場のサッカーも、ゴールマウスの拡大やキックイン導入で、もっと点が入りやすくなるように改革する案が何度も提案されてきましたが、実施には至っていません。
ボクシングでもロープを3本から4本へ、グローブを大きく重くする、世界戦を15回戦から12回戦へ、レフェリーは早めのストップを心がける、採点は攻勢ではなく科学的な戦い方を重視、などが進められてきましたが、いずれも選手の安全を考慮した改革でした。
それでも、ボクシングのオリジナル8階級・リミットは100年前と変わりません。
ヘビー級の大型化から、ライトヘビー級(175ポンド)との体格が大きく乖離したことから設けられたクルーザー級は当初の190ポンドリミットが200ポンドに引き上げられましたが、これは裏付けのある措置。
クルーザーのリミット引き上げで開いたライトヘビー級との25ポンド!を埋める新階級や、WBCがすでに取り組んでいるブリッジャー級の方が、細分化された軽量級の水増し階級よりも、存在意義があります。
個人的にはクルーザーもブリッジャーも反対で、オリジナル8に戻すべきだと信じていますが…。
あらゆるプロスポーツにとって、最優先されるべきはファンのニーズです。
ボクシングの階級増殖は、認定団体のニーズであり、ファンのニーズとは相反するから問題なのです。
一方、ファンのニーズに敏感に反応し続けるMLBの姿勢も、どうかとおもいます。
変革してもファンを続けてくれるオールドファンを無視してでも、新しい若いファンを取り込まなければ未来は無い…その考え方は正しいと思いますが…。
しかし、「歴史」も野球の魅力の一つです。

ベーブ・ルースや王貞治がいなければ、大谷翔平や村上宗隆は、あそこまで輝くことが出来たでしょうか?
ピッチタイマー導入で投手受難の時代になると、時代を超えた選手の比較はますます難しくなります。
接触プレーが厳しく制限され、ベースも大きくなった時代と、過去の盗塁数を、どう評価すればいいのでしょうか。
もちろん、バンビーノや王の時代は選手の質が違いますが、それは自然な進化であって、人為的に歪められたわけではありません。
ボクシングにおいては、計量が前日が当日かは大きな問題かもしれませんが、バンタム級は今も昔も118ポンド。
同じウェイトのファイターとしてエデル・ジョフレやファイティング原田と、井上尚弥を比較することができるのは、ファンの空想を刺激してくれます。
これが、社会の発展と栄養環境の上昇で軽量級のリミットが引き上げられてしまうと、比較する動機づけに水をさしてしまいます。
しかし、団体と階級の粗製濫造により、原田の2階級制覇と井上の3階級制覇を比較するのは非常に難しい作業になってしまいます。

キックボクシングが間歇的なブームを繰り返し、不健康な道を迷走している最大の原因は、脈々と積み上げられた歴史から脱線しているからでしょう。
MLBの急激な変革や、ボクシングの王座と階級増殖は、歴史を無視した〝脱線事故〟かもしれません。
ルールを変えたり、革新という名の改悪を繰り返すスポーツの未来は暗い…そう考えるのは、純粋すぎるのでしょうか。
選手の怪我防止なども目的の一つだと説明していますが、攻撃側に有利な状況を作って試合を面白くすることが最大のテーマです。
つまりファン目線に立った変革。
大谷ルールも、そんな姿勢の一つです。
米国にとにかく右に倣えの日本でも、この改革が導入される可能性は大。
野球は「時間」の縛りが無い、同点のまま9回の表裏が終わると延長線に入る、珍しいスポーツです。
野球が他のスポーツと比べて、新しいファン獲得に遅れをとってきたのは、ルールの複雑さに加えて、いつ終わるのかわからない試合も珍しくない試合時間の長さです。
米国らしいラディカルな改革です。
現代では、緊迫した投手戦は「緊張感のある好試合」ではなく「盛り上がりに欠ける膠着戦」ということです。
欧州が本場のサッカーも、ゴールマウスの拡大やキックイン導入で、もっと点が入りやすくなるように改革する案が何度も提案されてきましたが、実施には至っていません。
ボクシングでもロープを3本から4本へ、グローブを大きく重くする、世界戦を15回戦から12回戦へ、レフェリーは早めのストップを心がける、採点は攻勢ではなく科学的な戦い方を重視、などが進められてきましたが、いずれも選手の安全を考慮した改革でした。
それでも、ボクシングのオリジナル8階級・リミットは100年前と変わりません。
ヘビー級の大型化から、ライトヘビー級(175ポンド)との体格が大きく乖離したことから設けられたクルーザー級は当初の190ポンドリミットが200ポンドに引き上げられましたが、これは裏付けのある措置。
クルーザーのリミット引き上げで開いたライトヘビー級との25ポンド!を埋める新階級や、WBCがすでに取り組んでいるブリッジャー級の方が、細分化された軽量級の水増し階級よりも、存在意義があります。
個人的にはクルーザーもブリッジャーも反対で、オリジナル8に戻すべきだと信じていますが…。
あらゆるプロスポーツにとって、最優先されるべきはファンのニーズです。
ボクシングの階級増殖は、認定団体のニーズであり、ファンのニーズとは相反するから問題なのです。
一方、ファンのニーズに敏感に反応し続けるMLBの姿勢も、どうかとおもいます。
変革してもファンを続けてくれるオールドファンを無視してでも、新しい若いファンを取り込まなければ未来は無い…その考え方は正しいと思いますが…。
しかし、「歴史」も野球の魅力の一つです。

ベーブ・ルースや王貞治がいなければ、大谷翔平や村上宗隆は、あそこまで輝くことが出来たでしょうか?
ピッチタイマー導入で投手受難の時代になると、時代を超えた選手の比較はますます難しくなります。
接触プレーが厳しく制限され、ベースも大きくなった時代と、過去の盗塁数を、どう評価すればいいのでしょうか。
もちろん、バンビーノや王の時代は選手の質が違いますが、それは自然な進化であって、人為的に歪められたわけではありません。
ボクシングにおいては、計量が前日が当日かは大きな問題かもしれませんが、バンタム級は今も昔も118ポンド。
同じウェイトのファイターとしてエデル・ジョフレやファイティング原田と、井上尚弥を比較することができるのは、ファンの空想を刺激してくれます。
これが、社会の発展と栄養環境の上昇で軽量級のリミットが引き上げられてしまうと、比較する動機づけに水をさしてしまいます。
しかし、団体と階級の粗製濫造により、原田の2階級制覇と井上の3階級制覇を比較するのは非常に難しい作業になってしまいます。

キックボクシングが間歇的なブームを繰り返し、不健康な道を迷走している最大の原因は、脈々と積み上げられた歴史から脱線しているからでしょう。
MLBの急激な変革や、ボクシングの王座と階級増殖は、歴史を無視した〝脱線事故〟かもしれません。
ルールを変えたり、革新という名の改悪を繰り返すスポーツの未来は暗い…そう考えるのは、純粋すぎるのでしょうか。
コメント
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フシ穴の眼
が
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