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西へ向かうのだ。


思い出はいつだって美しい。



先日、オリビア・ニュートン・ジョンが亡くなって、いろんな人、特に少し年配の方と会うと「なんだか悲しいなあ」みたいな話になった一日。

意外な奴らから連絡があったのは帰宅途中の電車の中。

高校時代の野球部の後輩たちだった。

このタイミング、きっと甲子園の話題かと思いきや「オリビア・ニュートン・ジョン…亡くなっちゃいましたね」。

アルファベットも読めない馬鹿がオリビアに興味などないはず、と訝しんでいると、ある後輩が「先輩、本当に覚えてないんですか?」と聞いてきた。

は?…何の心当たりもない。

彼らは語る。

高校時代の私がどこで見つけたかバリカンを持って「お前ら一枚刈りにしたると」と追いかけ回して「一枚刈りはやめて下さい」と慈悲を乞う後輩の頭髪をジョリーンッ!ジョリーンッ!と刈り込んだというのである。

それなら、思い出した。

バリカンをどこで見つけたのかは忘れたが、その日は図書館でも映画館でもなく、誰もいない部室で自分の髪を刈り込んでいたのだ。

誰もいないのは当たり前だ。授業中なのだから。

いつも母親に丸坊主にしてもらってたので、自分で自分の髪を刈るのは初めてだった。

面白くなってきて、なぜか股間の毛も刈りたくなった。

そのうち授業が終わり、先乗りしてグランド整備するために後輩が部室に入ってきたのだが、陰毛刈りに無我夢中になっている私は気づかない。

部室のスノコにベタ座りして素っ裸の股間にバリカンを当てている私と目が合った後輩は「先輩、何してるんですか?」と、後ろずさって驚くと、次の瞬間恐怖に青ざめ逃げ出した。

私はパンツとズボンを履くと、本能に焚き付けられるように彼を追いかけた。

「俺から逃げ切れると思っとんか?」。

後輩を追い詰めてゆくうちに、こいつが何を恐れているのかわかってきたのである。

というか、後輩は「自分は行きつけの散髪屋で三枚刈りにしてもらうから必要ありません!」と半泣きで嘆願するのだ。

雉も鳴かずば撃たれまい。

そんなつもりは全くなかったのだが、あらぬ疑いを勝手にかけられたら、期待にお応えして差し上げるしかない。

もう刈るしかない。

「大人しくジッとしてへんと鼻も耳も刈り上げるど!」とすごむと、後輩は刈られるがまま刈られたのであった。

そのあとも何人かの後輩を追い回して一枚刈りに整えてやった。

そのとき私はオリビアの「ジョリーン」を歌いながら追いかけ、歌いながら刈っていたというのだが、それは全く覚えていない。

「ジョリーン、ジョリーン、ジョリーン、ジョーリーン!」。

そのときの後輩が「だから僕らはオリビア・ニュートン・ジョンをずっと大嫌いだったんです。ジョリーンを聞くと、あの惨劇しか思い出せなくて」と笑うのだった。

後輩たちは、顧問の先生に私に厳重注意するよう泣きついたが、話を聞いた先生は笑いを堪えて「わかった、厳しく言っとくから、もう出て行け」と職員室を追い出されると、他の先生も含めて爆笑する声が漏れてきたらしい。

顧問の先生から厳重注意された記憶はない。

不条理が当たり前にまかり通っていた。無茶苦茶な時代である。


高校時代、私のことをみんな怖がってたと、卒業してから聞かされて戸惑ったことがある。

学校で誰かを殴ったことなど一度もないし、怒って声を荒げたこともないはずだ。

ただ、私が授業に出ずに引きこもってるのを、大阪の街まで出掛けて喧嘩して回ってるという根も葉もない噂が勝手に膨らんでいたようである。

「朝鮮高校の不良グループを一人で叩きのめして、警察に勾留されている」なんて噂もあったらしいが、事実は逆で「ボコボコにされて入院してた」のだ。

喧嘩も弱くていつも逃げていたのだ。

私が股間にバリカンを当ててるのを見てしまった後輩は、とにかく見てはいけないものを見てしまったと逃げ出したそうで「先輩の下の毛刈った直後のバリカンで一枚刈りにされるの、どんだけ嫌やったか!それを誰に話しても笑われるんってどうなん?これイジメやろ?」とビデオ飲み会で訴えながらも「週末にみんなで集まるから出て来ませんか?」と誘うのである。

やつらが私を誘うのは、よほど寂しいのか、よほど体力が有り余ってるか、私の横暴を抑えられる人を呼んでるか、のどれかではなく、これらが全部揃ったときである。

野球部関連では監督や先輩同輩も最近会ってたので思い当たるのは、私にとっても結構面倒な女ジャイアンみたいな陸上部の先輩くらいだ。

そういえば先日、ジャイアンから「お盆,酒でも飲もか」と誘われてましたが「今年は帰らないんです」と断ったばかり。

ジャイアンが子羊たちを焚き付けたのでしょう。

子羊たちは楽観しているのでしょう。オオカミを二匹呼べば、二匹が争って自分達の被害は軽減される、と。

ジャイアンが「なんで私の誘いは断ったん?」と詰め寄ってくるのをやり過ごせば良いだけです。

彼らは「あのバリカン事件のときは怖くてトラウマになりそうでしたが、今となっては笑い話です」なんて呑気に大笑いしていますが、全く危機管理がなっていません。

まだ、何も終わってないことをどうしてわからないのでしょう?



新幹線に乗る前、私が有楽町のビックカメラでバリカンを買ったのは言うまでもありません。



思い出はいつも美しい。

正確にはどんな滅茶苦茶な話でも、思い出になると笑えたり美しくなるのですが、永久に現在進行形な話だって世の中にはあるのです。

思い出になった話は美しいが、そうではない話はそうではないのである。