日本のボクシング界を変えてみせる。

今日の「3150FIGHT」を前に、ファウンダーの亀田興毅がボクシング界への思いを語りました。

ファイトマネーについても言及。

「後楽園ホールでやったら、だいたい売り上げってマックスでも1000万から2000万なんですよ。会場費とか設営とかかかるから、ファイトマネーは(総額で)数百万しか出せない。ほとんどの興行がチケット収入でしかないんですよね」と、テレビがつかない興行の難しさを語りました。

「THE MATCH 2022」の興行収入が50億円に到達したことについて「あれが一つのきっかけになってどんどん加速していくと思う。良い機会でしたよね」と語り、「ボクシングでは誰も知らないカードは買わないから、地上波とか無料放送とかで知ってもらわなきゃいけない」と、まずは知名度アップに力を注ぐ方針を明らかにしました。

興毅が「ボクシングを盛り上げる」ために、まず着手しなければいけないと考えていることは「商売として成立させること」です。

ファイトマネーをチケットではなく現金払いにする、より多くのボクサーが専業で食べて行ける環境を整備したい、ということです。

1960年代、ボクシング黄金時代では「6回戦なら専業で食べていけた」(斎藤清六)というように「ボクシング」が職業として成り立ってたといいます。

もちろん、毎晩ボクシングの試合が中継されていたような時代です。今とは社会的ステイタスが違います。

世界王者になっても、副業(本業?)を続けなければならないのが当たり前の世界です。

興毅の目指す「現金払い」「基本給の向上」は、注目度の高い自分たちの興行では出来ても、全ての興行で実現するのは並大抵のことではありません。

「大相撲は協会が主導して興行している」のに対して「ボクシングはジム単位。同じ6回戦でもジムの規模によって選手報酬が違ってしまう」という指摘は、税金が投入され無条件でNHKが地上波生放送する大相撲と同列に語ることは出来ませんが「ジムによって報酬が違う」のは改善すべき問題点です。
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一方で、井上尚弥や村田諒太も事あるごとに「ボクシングを盛り上げたい」と語って来ました。

彼らは、世界王者が粗製乱造される4団体時代を由とせず「世界王者だから、という時代じゃない」(村田)と、強い相手に勝つこと、階級最強を証明することを目指しました。

「辰吉さんや畑山さんの時代のような熱狂を取り戻したい」(井上)という思いは、方向性こそ違え、興毅の「ボクシングを盛り上げたい」という目標と本質は変わりません。

「プロ転向した頃のボクシング界の雰囲気がとにかく大嫌いだった」「井上家では世界チャンピオンなんて軽々しく言える空気はなかった」と公言する井上が、名指しこそしなかったものの「亀田」に嫌悪感を覚えているのは明らかです。

ただ、村田や井上の目指す「ボクシング界を盛り上げること」は、まさにこの二人のように他とは違うものを持っている時代を代表する一部のエリートに依存するもので、6回戦ボクサーのファイトマネー改善とは無縁に映ります。

「まず、見てもらうこと、注目してもらうことが先」という興毅に対して、「まず価値の高いボクシングを見せて、注目してもらう」という村田や井上は相容れないようにも見えます。

しかし、価値の高いボクシングを見せながらもそれにふさわしい注目を得られなかった内山高志が興毅の取り組みに共感していることは興味深く、「まず人目を引くこと」と「価値のあるボクシングをすること」は、相反することではないはずです。

亀田三兄弟が、井上のように階級最強の道を突き進んだり、村田のように欧米の人気階級に挑戦していたら、亀田ブームは一過性で終わらず、多くの人から軽蔑されるヒールに陥ることもなかったでしょう。

それと同じように、井上尚弥が亀田的な振る舞いをしていたなら「リング誌のPFP1位は価値がある」なんていうヌルい低温ではない、大きく超高温の熱狂を巻き起こしていたでしょう。



どちらも正しいのですが、どちらも性急です…。