1988年のWBO設立から始まった4-Belt eraは、単純に認定団体が一つ増えただけにとどまらず、同一団体が同一階級に複数の世界王者を抱えるという狂気の自己矛盾を飲み込みながら暴走してゆきます。

認定団体は、承認するタイトルが多ければ多いほど儲かるわけですから、営利団体の彼らに「世界王座を乱造するな」という方が間違いです。

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4-Belt eraのもう一つの特徴は、王座が大量生産されることで王者になることは従前と比べるとはるかに簡単になってしまい、その権威も当然失墜したことです。

王座の価値が下がって、王者になりやすくなったのですから、安易に王座を手放して複数階級制覇を狙うのが当たり前のトレンドになります。

2階級制覇を快挙と呼んでいた時代は遠い昔。1988年を境に、散歩のついでの如く複数階級制覇がなされてゆきます。

そうです、4-Belt eraが産声をあげた1988年です。

その前年には、トミー・ハーンズがボクシング100年の歴史で誰も成し遂げることが出来なかった4階級制覇を達成。

さらに、その1988年にはバーンズとシュガー・レイ・レナードが我先にと駆け込むように5階級制覇を果たすのでした。

1試合でスーパーミドルとライトヘビーの二階級をステイク、ドニー・ラロンデにキャッチウェイトまで強いたレナードの悪行三昧はさておき、まだ3階級制覇が大偉業だった時代です。

レナードの虚飾と、ハーンズの新興団体に絡めた5階級制覇がWBO誕生の1988年に達成されたことは、その後の安易な複数階級制覇の象徴的な先駆けとなりました。

複数階級制覇の数字は、計画的なキャリアを忠実に遂行したオスカー・デラホーヤが「6」に更新、2階級をスキップする無計画な暴走の末にマニー・パッキャオが「8」にまで引き伸ばしました。

軽率に掠め取ったタイトルを簡単に手放し、また次の階級のタイトルを掠め取る…それをエンタメの域にまで極めたのがパッキャオでした。

パッキャオはファンを喜ばせる天才でしたが、最強を証明したクラスは無く、生涯報酬のほとんど全てを稼ぎ出したジュニアウェルター級〜ウェルター級〜ジュニアミドル級の20試合でマークしたKO勝利は、4試合だけ。

パッキャオとの史上最大のメガファイトを演じたフロイド・メイウェザーも〝守銭奴〟となったウェルター級以降はつまらないボクシングに終始しました。

そして、メイウェザーも、パッキャオもスターダムの頂点に立ったファイターは、Undisputed champion になれませんでした…というよりもそこへのこだわりは全く無かったと言い切っても差し支えないでしょう。

認定団体がUndisputed title、統一戦に対して寛容になったのは、これ以上世界王者の価値を落とすことは出来ないと、ついにやっとこさ、正義に目覚めたわけではありません。

統一王者が生まれるとタイトルマッチの数が減り、承認料を取る機会が減りますが、大きな興行になりますから、選手報酬に比例する承認料は跳ね上がります。

そして、前述のように4-Belt eraでは「タイトル返上→次の階級」か主流、Undisputed championとして長らく止まる選手はいません。

2017年以降の〝完全統一ラッシュ〟で生まれたテレンス・クロフォード、オレクサンダー・ウシクは次の階級に進出、ジョシュ・テイラーも転級を視野にWBAタイトルを返上、今年になってUndisputed championになったジヤーメル・チャーロ、デビン・ヘイニーですら、次の階級への興味を示しています。

万一、居座りそうなら、暫定王者決定戦の開催や指名挑戦者を無理やり押しつけてタイトル剥奪など、解体手段はいくらでもあります。

唯一、カネロ・アルバレスがスーパーミドル級を主戦場で戦い続けるかもしれませんが、これは認定団体にとっても願ったり叶ったり。不人気王者がタイトルを四分割するよりも、カネロが保持してくれたほうが遥かに旨味があります。

もちろん、Undisputed champion こそが理想です、

そもそも、他のスポーツでUndisputed championなんて表現、滅多に聞けるものではありません。まともなスポーツでは、Undisputed championが当たり前だからです。

Queenの名曲「We Are The Champions」が「We Are The Undisputed Champions」なら、聞く方は「何があったんだ?」「どういうことなんだ?」と歌詞やメロディがまともに入ってきません。

「議論する余地のある王者」がひしめいている世界なんて狂気の沙汰ですが、それがプロボクシングです。

それでも〝完全統一ラッシュ〟は、背景はともあれ、素晴らしい潮流です。

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4-Belt eraで初めて Undisputed Championになったバーナード・ホプキンス。

カネロ以外は「スーパースターではない地味な職人ばかり」と揶揄されることもあるUndisputed Championですが、その地味な職人の〝はじめの一歩〟がB-HOPでした、

The Executioner(死刑執行人)、そしてThe Alien(宇宙人)と渾名を変えたBernard Humphrey Hopkins JrのUndisputedへの道を振り返ります。

The ExecutionerやThe Alienの被り物は決して似合っていませんでしたが、晩年の入場曲「My Way」は最高に格好良かったです。