マニー・パッキャオが1995〜2021年、27年間のキャリアで残した戦績は62勝39KO8敗2分。
ジュニアフライ級でデビュー(水をがぶ飲み、下着に鉄球を隠して秤に乗ったと言いますから実際にはストロー級かそれ以下だったでしょう)、ジュニアミドル級までの12階級で戦い、そのうち8階級で世界王者に就きました。
さらに、フライ、フェザー、ジュニアライト、ウェルターの4階級でLineal champion(史上唯一)。
リング誌タイトルをフェザー、ジュニアライト、ジュニアウェルターで3階級制覇(史上最多タイ)。
殿堂入りの資格が発生する2024年の一発殿堂は間違いありません。
BoxRecによると、パッキャオの身長は166㎝、リーチは170㎝。フライ級としては大きく、フェザー級としては小さいアジア人が、ジュニアミドル級まで制圧しました。
★10位★【1998年12月4日】チャチャイ・ダッチボーイジム=身長159㎝/リーチ170㎝=
チャチャイはユーリ・アルバチャコフとの再戦でリベンジ、Lineal championを引き継ぎ、フライ級最強王者と目されていました。
世界初挑戦は打倒的不利予想を覆しての大番狂わせ。
8ラウンド、チャチャイを一撃で沈めるまでの7つのラウンドのスコアは70-64/69-64/68-65とワンサイド。
バンコク郊外プタモントン、灼熱の屋外スタジアムに詰めかけたファンを凍りつかせました。
多くのメディアは「新チャンピオンは22歳」と報じましたが、現実には19歳。この当時は、サバを読んでプロデビューしたままの年齢でした。
★9位★【2001年6月23日】リーロ・レジャバ=168/175=
パッキャオの米国初見参。
普通なら見向きもされない軽量級でしたが、オスカー・デラホーヤのメガファイト、そのセミファイナルでHBOのPPVにも組み込まれます。
とんでもない大番狂わせという衝撃と、デラホーヤのメインがつまらない試合だったという幸運も重なって、パッキャオのパフォーマンスは際立ちました。
122ポンド最強とみられ、マルコ・アントニオ・バレラにも勝てると言われた南アフリカの〝石の拳〟でしたが、米国リングで全く無名のパッキャオに圧倒された末に6ラウンドでストップされてしまいます。
レジャバは昨年7月4日に新型コロナにかかり、49歳の若さで天国に旅立ちました。
★8位★【2009年11月14日】ミゲール・コット=170/170=
完全にスーパースターになったパッキャオが、145ポンドのキャッチウエイトを突きつけた〝出世試合〟。
Firepower(どっちの火力が上か!?)とタイトルされたメガファイト。ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンを根城とするコットをラスベガスに引っ張り込んだ一戦でした。
コットはのちの殿堂入りのグレートで、ウェルター級最強と見られていた時期もありましたが、アントニオ・マルガリートの馬力(石膏パンチ?)に逆転KO負け、ジョシュア・クロッティにも大苦戦と、此のときはスランプ期。
全盛期のパッキャオはあまりにも速く巧く、強すぎました。
WBO王者コットにパッキャオが7階級制覇を賭けて挑戦する構図で、コットが「キャッチウエイトならベルトは賭けたくない」と主張、そこにWBCがしゃしゃり出て「この試合のために最高位のタイトルを創設する」と、ダイアモンドタイトルが誕生したのがこの試合。
結局、コットはタイトル戦を飲み、パッキャオもコットも、WBCが5万ドルの値段を付けたとされるダイアモンドベルトの購入は拒否。
豪華なベルトは無料でパッキャオが手にしたと見られています。
先日のドネア2もダイアモンドなり、フランチャイズなりが贈られてもいい気がしますが…。
コットをストップしたパッキャオは史上初の7階級制覇を達成。
★7位★【2019年7月20日】キース・サーマン=177/175=
セカンド王者パッキャオが、無敗のスーパー王者サーマンに挑戦。
40歳のパックマンと30歳のワンタイム。ブランクや怪我でキャリアが停滞気味だったサーマンですが、オッズも戦前予想もパッキャオがアンダードッグになるはずでした。
しかし、サーマンやや有利で立ちあがったオッズはジリジリと接近、試合前にはパッキャオ有利に。常識的に考えると、パッキャオ惨敗も有り得ると思いましたが、まさかのトップドッグ、フェイバリットで試合開始ゴングが鳴らされます。
初回にパッキャオが左ストレートでダウンを奪うと、試合は40歳のペースに。そのまま判定をものにしたパッキャオは10代、20代、30代、40代で世界王者に。
さらに、このタイトルはヨルデニス・ウガスに敗れる2021年まで保持、パッキャオは90年代、00年代、10年代、20年代と4つのディケイドで世界王者に君臨するという、更新絶対不可能の記録を打ち建てました。
★6位★【2009年5月2日】リッキー・ハットン=171/165=
The Battle of East and West,(東洋vs西洋)と銘打たれたメガファイト。
英国から3000人以上のハットンサポーターがMGMグランドガーデナリーナに詰めかけました。
当時のハットンの敗北はフロイド・メイウェザーとのウェルター級戦だけ。保持していたジュニアウェルター級のアルファベットタイトルはIBOだけでしたが、リング誌とLineal titleの王者で、衆目一致の階級最強でした。
この敗北で大人しく引退していたなら、ハットンは「メイウェザーとパッキャオにしか負けなかった」のでしたが…。
フレディ・ローチが名付けた「マニラアイス」(右リード)が完璧に機能して、左の大砲につなげたキャリア最高のKO劇。
パッキャオがジュニアウェルター級で戦ったのはこの1試合だけ。このクラスとライト級でもう少し見たかったと思うのは私だけでしょうか?
ジュニアフライ級でデビュー(水をがぶ飲み、下着に鉄球を隠して秤に乗ったと言いますから実際にはストロー級かそれ以下だったでしょう)、ジュニアミドル級までの12階級で戦い、そのうち8階級で世界王者に就きました。
さらに、フライ、フェザー、ジュニアライト、ウェルターの4階級でLineal champion(史上唯一)。
リング誌タイトルをフェザー、ジュニアライト、ジュニアウェルターで3階級制覇(史上最多タイ)。
殿堂入りの資格が発生する2024年の一発殿堂は間違いありません。
BoxRecによると、パッキャオの身長は166㎝、リーチは170㎝。フライ級としては大きく、フェザー級としては小さいアジア人が、ジュニアミドル級まで制圧しました。
★10位★【1998年12月4日】チャチャイ・ダッチボーイジム=身長159㎝/リーチ170㎝=
チャチャイはユーリ・アルバチャコフとの再戦でリベンジ、Lineal championを引き継ぎ、フライ級最強王者と目されていました。
世界初挑戦は打倒的不利予想を覆しての大番狂わせ。
8ラウンド、チャチャイを一撃で沈めるまでの7つのラウンドのスコアは70-64/69-64/68-65とワンサイド。
バンコク郊外プタモントン、灼熱の屋外スタジアムに詰めかけたファンを凍りつかせました。
多くのメディアは「新チャンピオンは22歳」と報じましたが、現実には19歳。この当時は、サバを読んでプロデビューしたままの年齢でした。
★9位★【2001年6月23日】リーロ・レジャバ=168/175=
パッキャオの米国初見参。
普通なら見向きもされない軽量級でしたが、オスカー・デラホーヤのメガファイト、そのセミファイナルでHBOのPPVにも組み込まれます。
とんでもない大番狂わせという衝撃と、デラホーヤのメインがつまらない試合だったという幸運も重なって、パッキャオのパフォーマンスは際立ちました。
122ポンド最強とみられ、マルコ・アントニオ・バレラにも勝てると言われた南アフリカの〝石の拳〟でしたが、米国リングで全く無名のパッキャオに圧倒された末に6ラウンドでストップされてしまいます。
レジャバは昨年7月4日に新型コロナにかかり、49歳の若さで天国に旅立ちました。
★8位★【2009年11月14日】ミゲール・コット=170/170=
完全にスーパースターになったパッキャオが、145ポンドのキャッチウエイトを突きつけた〝出世試合〟。
Firepower(どっちの火力が上か!?)とタイトルされたメガファイト。ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンを根城とするコットをラスベガスに引っ張り込んだ一戦でした。
コットはのちの殿堂入りのグレートで、ウェルター級最強と見られていた時期もありましたが、アントニオ・マルガリートの馬力(石膏パンチ?)に逆転KO負け、ジョシュア・クロッティにも大苦戦と、此のときはスランプ期。
全盛期のパッキャオはあまりにも速く巧く、強すぎました。
WBO王者コットにパッキャオが7階級制覇を賭けて挑戦する構図で、コットが「キャッチウエイトならベルトは賭けたくない」と主張、そこにWBCがしゃしゃり出て「この試合のために最高位のタイトルを創設する」と、ダイアモンドタイトルが誕生したのがこの試合。
結局、コットはタイトル戦を飲み、パッキャオもコットも、WBCが5万ドルの値段を付けたとされるダイアモンドベルトの購入は拒否。
豪華なベルトは無料でパッキャオが手にしたと見られています。
先日のドネア2もダイアモンドなり、フランチャイズなりが贈られてもいい気がしますが…。
コットをストップしたパッキャオは史上初の7階級制覇を達成。
★7位★【2019年7月20日】キース・サーマン=177/175=
セカンド王者パッキャオが、無敗のスーパー王者サーマンに挑戦。
40歳のパックマンと30歳のワンタイム。ブランクや怪我でキャリアが停滞気味だったサーマンですが、オッズも戦前予想もパッキャオがアンダードッグになるはずでした。
しかし、サーマンやや有利で立ちあがったオッズはジリジリと接近、試合前にはパッキャオ有利に。常識的に考えると、パッキャオ惨敗も有り得ると思いましたが、まさかのトップドッグ、フェイバリットで試合開始ゴングが鳴らされます。
初回にパッキャオが左ストレートでダウンを奪うと、試合は40歳のペースに。そのまま判定をものにしたパッキャオは10代、20代、30代、40代で世界王者に。
さらに、このタイトルはヨルデニス・ウガスに敗れる2021年まで保持、パッキャオは90年代、00年代、10年代、20年代と4つのディケイドで世界王者に君臨するという、更新絶対不可能の記録を打ち建てました。
★6位★【2009年5月2日】リッキー・ハットン=171/165=
The Battle of East and West,(東洋vs西洋)と銘打たれたメガファイト。
英国から3000人以上のハットンサポーターがMGMグランドガーデナリーナに詰めかけました。
当時のハットンの敗北はフロイド・メイウェザーとのウェルター級戦だけ。保持していたジュニアウェルター級のアルファベットタイトルはIBOだけでしたが、リング誌とLineal titleの王者で、衆目一致の階級最強でした。
この敗北で大人しく引退していたなら、ハットンは「メイウェザーとパッキャオにしか負けなかった」のでしたが…。
フレディ・ローチが名付けた「マニラアイス」(右リード)が完璧に機能して、左の大砲につなげたキャリア最高のKO劇。
パッキャオがジュニアウェルター級で戦ったのはこの1試合だけ。このクラスとライト級でもう少し見たかったと思うのは私だけでしょうか?




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