スポーツイラストレイテッド誌から「The Ohtani Rules」(大谷がアメリカを征服する)の拙訳です。

あと13試合。勝ってくれ!打ってくれ!

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ーー「井の中の蛙、大海を知らず」は日本の諺だ。

自分たちが世界の全てだと思い込んでいたアメリカは、大海を渡ってやって来た大谷を目の当たりにして、世界の広さと深さを思い知らされた。井戸の中にとんでもないヤツが潜んでいたのだ!ーー



エンゼルスはこれまで複雑なデータを使ってエネルギーレベル、睡眠、痛み、栄養状態を最先端の科学技術を駆使して管理し、大谷がいつプレーすべきかを決めていた。

わずかな異常も見逃さず、彼の起用法は慎重に熟考された。

しかし、彼らは繊細な科学データで築かれたガラスの家を壊した。

脆いガラスを取り払い、科学的なデータだけでなく、大谷の感性にも試合出場の是非を決めさせたのだ。

大谷はデトロイト戦で77%のストライクを投げた。28人の打者にボール球は21球だけ。

今シーズン、8回を90球以下で8つの三振を奪った投手は、ザック・グレインキー(ヒューストン・アストロズ)に続く2人目。

通常の投手は、疲労と消耗から回復するのに2〜3日かかるが、翌日の午後、大谷は一番打者として打席に立っていた。

そして2打数2安打、2四球、2打点、1犠飛を記録した。

6フィート4インチ、210ポンドの体格で、今季14本目の内野安打を放った大谷は430フィート以上の本塁打を最も多く放ち、一塁打までのタイムは2番目に速い(4.10秒)という驚くべき身体能力を見せつけている。

二刀流を実現する技術的な能力だけでなく、投手と打者、どちらか片方でもシーズンを戦い抜くことは非常にタフな仕事だというのに、大谷はそれを笑いながらこなしてきた。

常識では、ありえないことだ。 

ベーブ・ルースは、稀有な才能だけが許される二刀流のベンチマークだが、3ヶ月以上二刀流をこなしたことはない。1918年のシーズンと19年に二刀流で活躍したが、それはフルタイムの二刀流ではなかった。

一方、大谷は二刀流になって半年が経つ。

大谷の素晴らしさは、単に2つの種目をこなしていることだけではない。

この考えられないパフォーマンスに、トップレベルのパフォーマンスと美しい美学をブレンドしているのだ。

つまり、本塁打王を窺い、リーグ最高の投手としてサイ・ヤング賞の候補にもなっている。

ルースの二刀流は大谷からは程遠い、なんとか二桁ホームラン、二桁勝利というレベルだった。

ルースの二刀流は驚異の記録として記憶され、同時にあれは100年前だから出来たことだと考えられている。

専門化・分業化が細かく進んだ現代野球では、ルースの再現などありえない。…そのはずだった。

大谷の本塁打数は44本で、メジャー最多のウラジミール・ゲレロJr.を2本差で追っている。

もし、大谷が本塁打王とすでに到達している20盗塁を手に入れると、ウィリー・メイズ、マイク・シュミット、ホセ・カンセコ、アレックス・ロドリゲスに並ぶ大偉業となる。

さらに、大谷は、20試合以上の登板で、1試合10個以上の三振を奪い、勝率.810以上をマークした史上9人目の投手になることまで視野に入れている。
 
大谷はMLBの長い長い歴史の中で、あまりにも孤独であまりにも特殊過ぎる、彼だけが入会を許される超排他的な倶楽部を開設してしまった。

彼にはクラブメイトはいない。どこまでも孤独だ。

大谷は、100の三振を奪い、9本以上の本塁打を打った史上唯一の選手だが、刮目すべきは10本塁打で更新したのではなく、44本塁打までそのテープを伸ばしてしまったことだ。

とにかく、常識ではありえない。

投手と打者としてオールスターゲームに出場した史上唯一の選手。

オールスターに先発し勝利を収め、一番打者としてスターティングラインナップに名前を連ねた史上唯一の選手。

2015年にStatcastのトラッキングが始まって以来、オールスターホームランダービーで6本の500フィートホームランを打った唯一の選手は、その翌日、時速100.1マイルの豪速球を投げ込んだのだ。

とにかく、常識ではありえない。

タイガースのA.J.ヒンチ監督は、8月18日に行われたホームランダービーの翌朝「彼にはとにかく驚かされた。彼の投球は芸術。序盤は変化球を低めに集めて、信じられない制球力でストライクを重ね、試合終盤になるとパワーでねじ伏せてくる」と白旗を挙げた。

大谷の投球は、試合を重ねるごとに巧妙になった。信じられない落差のスプリットと100マイルを悠々超える豪速球を投げて来る。

非常に賢い巧妙なパワーピッチャー…対戦相手にとっては悪魔でしかない。

ヒンチは「彼のパワーには驚かされてばかりだが、一番驚いたのは、野球を心から楽しんでいること。肉体的にも精神的にもストレスを感じているような印象が伝わってこない。大きな重圧を感じているはずなのに、完全に自分をコントロール出来ている。日本では米国以上に騒がれてると聞いたが、そんな情報は遮断してるのか」と驚く。

大谷は、最初の3シーズンは肘や膝の怪我、手術でフルに活躍することが出来なかった。

昨シーズンからリハビリを終えた大谷は、下半身を中心に肉体強化に励み、血液検査をもとに食生活を見直し、自分に合った食事を見つけ出した。

Freed, the caged bird soared!

籠から解放された鳥は、ついに舞い上がった!

彼は18歳の時に二刀流になると決めていた。日本ハムファイターズからFAしたときも、MLBの各球団に「契約の条件はたった一つ、二刀流を認めること」と伝えていた。

カネとブランドがあればどんな選手も獲得できると信じていたニューヨーク・ヤンキースなどのビッグクラブは大谷にフラれて「大都市のプレッシャーから田舎球団に逃げたチキン」と彼を非難した。

スポーツに限らず、専門性とデータをとにかく重視する米国のモノの考え方は、大谷によって木っ端微塵に破壊されてしまった。

きっと米国は、科学とデータで常識の井戸を掘っていたのだ。 

最初は全ての米国メディアが「二刀流はレベルの低い日本だから通用しているだけ」と、大谷を日本の諺でいう「井の中の蛙」と見下していた。

しかし「井の中の蛙」は米国の方だった。

大谷が投打で恐るべきパフォーマンスをみせているのは、専門化していないからに尽きる。
 
You should no more encourage Ohtani to forsake one discipline than you would ask Springsteen to knock off either the singing or the songwriting. 
 
ブルース・スプリングスティーンに作詩と作曲のどちらかをやめろというのが愚かなように、大谷に一つの分野に集中しろと薦めるのは、あまりにもバカげている。

彼の心は、両方こなすこと、おそらく盗塁することも含めて、万能ぶりを発揮することで喜びで満たされ、禅のような至福の境地に辿り着いているのだろう。

ヒンチが驚くように、大谷が純粋に野球を楽しんでいるように見えるのは、そういうことだ。

故意死球を受けたときですら、彼が笑っていたことを思い出すがいい。

大谷の投手としての才能は芸術性が際立っている。

これは、時速100マイルを投げることができる怪物にはめったに与えられない修辞だ。月まで届く本塁打、100マイルの豪速球。大谷は非常に優しく穏やかに〝それ〟をこなす。

例えば、タイガース戦では、最初の2イニングで平均93.5マイル、最後の3イニングで平均97.8マイルの速球を投げた。

大谷の決め球、スプリッターは現在のMLBで最も打たれにくい球種だ。スプリッターに対する打率は.069で、4年間でなんと11本のヒットしか打たれていない。
 
Ohtani throws a baseball the way da Vinci wielded a paintbrush. 
 
ダ・ヴィンチが絵筆を振るうように、大谷はボールを投げる。その筆さばきは底知れないパワーを秘めていながら、静謐な美しさ、優しいダイナミズムに溢れている。

つまりエレガントなのだ。

そして、その技術には見事な〝だまし〟も隠されている。

大谷は、ダ・ヴィンチのスフマート技術の使い手だ。

スフマートとは、イタリア語で「ぼかす」「消えた」「蒸発した」を意味する。線や色をぼかし、やわらかくぼかす筆つかいのこと。

スフマートは、モナリザの微笑みに神秘性を与え、大谷の投球に幻惑を与えている。

大谷は幼少期に競泳をしていたから、マイケル・フェルプスのような広い肩幅、細いウエスト、長いリーチ、力感のないパワー、そして異常なほどの柔軟性を持っている。

大谷が投球した後、右手が左の腹斜筋の裏に叩きつけられている。これは、短い滑走路でブレーキを踏むのではなく、長い滑走路に着陸した後に飛行機をゆっくりと着陸させるように、腕や肩の衝撃と消耗を抑えるための理想的なやり方だ。

バッターとしての大谷は、両手を高く上げて始動し、バットが右肩の後ろを叩くようにしてから速く鋭く強くバットを振り抜く。

今年の真夏、大谷はアメリカンリーグ史上初の21試合で16本のホームランを打った打者となった。彼が打ったフライの3つに1つ以上が本塁打(34.4%)になる。

我々が目撃しているのは、世界史が注目すべき特別なものだ。

打者としてはバリー・ボンズのようだ。

バリーが73本のホームランを打っていた頃、彼が一振りするたびに、誰もが息を飲んだ。あのときのボンズ以外に、あのオーラを放てる打者は大谷しかいない。
 
And yet this guy is also a Cy Young candidate. 
 
それにしても…この男はサイ・ヤング候補でもある。


とにかく、常識ではありえない。


彼と比べることの出来るプレーヤーは、いない。

ベーブ・ルースとセットで語られることが多いが、それでは彼を正当に評価したことにならない。



MLBオークションでは、直筆サイン入りの2021年大谷オールスタージャージが13万210ドルで落札され、この20年間の記録を更新した。

そして、これまでの記録はその3日前に、大谷が試合で着用したエンゼルスのジャージが12万1800ドルで落札されたものだった。

MLBで何が起きているのか、同時代に生きる幸運に恵まれた私たちは見逃してはならない。

MLBはシーズン半ばの60日間で、大谷に直接関連する新たなスポンサー契約を45万ドル創出し、そのほとんどが日本で放送されるオールスターゲームに関連するものだった。

日本では、大谷選手が出場したMLBの試合の視聴率がそうではない試合の視聴率と比べると256%も高くなっている。

大谷翔平は、日本で最も注目度の高いアスリートではない。

最も注目度の高い人物だ。

台湾では、大谷を起用したFacebookは、そうではないMLBの投稿と比較して921%もコメントが集められている。

台湾では、エンゼルスの試合が全体の30%を占めている。

韓国でも、大谷の投稿に平均の2倍近い「いいね!」がついている。

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ベーブ・ルースが「これは無理だ」と二刀流を諦めてから100年、大谷は日本と米国だけでなく、台湾や韓国など野球人気が高い国々を巻き込む国際的なアイコンになった。

ホームランダービー、試合、そしてインタビューと、オールスターのためにデンバーを訪れた2日間、大谷は疲れを見せず、笑顔を絶やさなかった。

ある時、大谷はテレビクルーの大きなカメラを肩にぶつけられた。

よくある光景だ。次に起こるのは、激怒した選手に詰め寄られたカメラマンが泣きそうになって平謝りするシーンだ。

ところが、大谷はすぐにカメラマンを「大丈夫ですか?」と気遣った。普通なら滅多にお目にかかれない光景だが、大谷を追いかけているとこんなことが普通に起きる。

彼はホームランダービーの報酬15万ドル全額をエンゼルスのトレーニングやフロントスタッフ30人分けて贈った。

大谷は身の回りにも気を配り、ダグアウトやグラウンドに落ちているゴミを拾う。

最初の打席に立つときには、相手のキャッチャーとアンパイアに丁寧にお辞儀して挨拶する。

…もはや、彼を嫌いになることは、誰にとっても不可能だ。 

大谷のことを聞かれると、マドン監督はいつもご機嫌になる。
 
「チーム全員から愛されている。彼がとんでもない能力の持ち主というだけでなく、誰に対しても尊敬の念を持って接し、いつも謙虚であることも愛される理由だ。ダグアウトで彼の笑い声を聞くだけで、世界はなんて素晴らしいんだと思えてくる」。

「井の中の蛙」のことわざは、経験の限界が人間を制限することを意味している。

井戸の中の蛙は、大海原の広さを知らない。「広い世界に出て行け」というメッセージだ。

野球では、井戸の外に出るとは、アメリカ流の常識、専門化から脱却すること。

Kids as young as 12 years old become pitcher-onlys.

米国では、12歳で投手専門、野手専門に区分けされてしまう。

両方やりたいなんて思ってても、誰も口にしない。それが常識だと教え込まれているからだ。

MLBでは平均的な救援投手は1回の登板でわずか19球しか投げず、チームは1年に35人の投手を使う。

これらは全て、才能を常識の井戸に突き落とすような所業だったのかもしれない。

大谷がその常識を破壊してくれたのは、少年たちにとっても光明だろう。「打ちたい!投げたい!」そういう声があちこちから聞こえて来る。

「彼は常識の壁を打ち破った。大谷は100年に一度の選手。いやそれ以上の選手だろう」。

大谷がやっていることはあまりにも常識外れに凄すぎて、そこに潜む脆さを心配する人もいる。

たった1シーズンでも世界を震撼させたことは、途轍もない爪痕だ。

しかし、こんな馬鹿げたパフォーマンスを毎年繰り返すことなんて、できるのか?

1年目の大谷翔平が4勝2敗、打率2割8分5輪22本塁打をマークして新人王に輝いたときも私たちは驚いたが「どちらかに専念して傑出した数字を残した方が良い」と、否定した。

そう、誰もが「これほどの才能はどちらかに集中させなければならない」と確信したのだ。

二刀流は、とんでもない才能にだけ許されたスタイルだが、それではサイヤング賞も本塁打王も獲れない。

そして2年目3年目は故障が続き、まともなシーズンを送ることができなかった。

「常識で考えたら二刀流なんてやっぱり無理」。

そんな声が米国でも日本でも噴出した。 

しかし、4年目。

二刀流でサイヤングと本塁打王が獲れることを、大谷はまざまざと見せつけた。

常識という井戸の底にいた私たちを引きずり出し、本物の世界を見せてくれたのだ。

Only when we get outside the well do we experience the true vastness of the world. Limits fall away. 

井戸の外に出て初めて、私たちは世界の本当の広さを経験することができる。

そしてこの世界に、限界も不可能もないことを理解するのだ。

今また、私達の周囲では「大谷がやっていることは継続不可能」という常識の声が上がっている。

彼らは自分たちが大海原を知らない「井の中の蛙」だと、まだ気づいていない。

人間の可能性は、データや常識の井戸に閉じ込めるべきではない。

来年も大谷は二刀流で活躍できるか?おそらく、私たちはもっと凄い光景を目にするだろう。

そして、一つだけ確実なことは、いつも誰もが大谷翔平を過小評価していることだ。