暇つぶしの名無しさん 2021年09月02日 02:23
 
自分は車椅子バスケを見てて(ちなみに勝って準決勝に進みました)全ては見れませんでしたが、ネット民にとっては地元判定にしか見えなかったらしく炎上してましたね

確かに、まともに食らって顔面を跳ね上げられるシーンが目立ってましたね
IMG_5903
外見で人を判断してはいけません。このほんわかした女子大生は世界最高のジャバーです。


ネットで試合結果のニュースを探すと(というほどそんなにたくさん見てませんが)、確かに 「地元判定」「井岡は負けてた」という趣旨のコメントが目立ちました。

ただ、そのコメントの多くはボクシングの判定について詳しい知識がある人でなく「井岡が嫌い」という捻れた感情から反吐を撒き散らしてる感じを受けました。

畑山隆則や竹原慎二ら元世界王者の方々も「ロドリゲスの勝ち」と、オフィシャルの結果に戸惑っていたそうですが、彼らは採点基準をきちんと把握していません。

ジョー小泉もたびたびパッキャオ寄りの判定をするなど物議を醸し出しますが、これらは根っこは同じで、よく理解しているはずの小泉ですらいざ解説になると世界の潮流を忘れてしまい、30年前の日本の感覚でスコアリングしてしまっているのです。

CompuBoxのヒット数は両者ともほとんど変わりませんでしたが、私のようなフシ穴でも井岡の精度が勝っていたのは明らかにわかりました。

浜田剛史は「ドロー」と見ましたが、琉球のサムライも30年前のモノサシしか頭の中にありません。1986年12月のロニー・シールズ戦(2−0のSD勝利)は 35年後の2021年・東京なら完敗です。

「ラスベガスは下がってパンチを避ける方にポイントが流れる」「ニューヨークは手数と攻勢を評価する」…統括団体(日本ならJBC、米国なら各州のコミッション)によって、ルールブック上の採点基準はほとんど同じでも、現実のスコアリングは明らかに違います。

しかし「デオンティ・ワイルダーvsタイソン・フューリー初戦」で英国の巨人が2度ダウンを奪われながらドローにもつれ込んだのは「手数が同じなら精度で上回っていたボクサーの勝ち」 という絶対基準に沿ったからです。

もちろん「井岡vsロドリゲスJr.さん」は、7−1というオッズからも勝ち方を問われていた井岡にとって難しい試合でした。

もっとわかりやすく言うと「ここで死んでも構わないロドリゲスさん」と「ここで死ぬわけにはいかない井岡」の差が「技術だけ見て採点すべき」というルールブックに「挑戦者は井岡のパンチで鼻血を流し、バッティングで目を切っても諦めていない」という感情論が紛れ込んでいたのかもしれません。

議論を呼ぶ採点が生まれるのは「10−10をつけないから、ジャッジの中で自己崩壊して奇天烈な採点結果になる」(リング誌)というのが最大の原因です。

「10−10」は付けてはいけないと誤解しているファンもいますが、それは間違い。

ただ、今回の試合については、メキシコの中継テレビ局も井岡勝利としたように、そんなもの関係なく井岡の勝ちで問題ありません。

オフィシャルは116−112の「2ラウンド差」。ロドリゲスさんの母国メキシコのテレビ局は115−113の「1ラウンド差」。大差ではありませんが、井岡の勝ちは揺るぎません。

井岡の巧さは、絶妙のポジショニングから打ち込まれるパンチのAccuracy=精度の高さに集約されます。

井岡の場合は、普通の選手のAccuracyから更に一段上の「見た目の良さ」も内包しています。

CompuBoxは試合の実態を表現しないケースが普通にある、といつも書いてる私ですが、今日はCompuBoxの数字を拾って昨日の試合を振り返ります。