硬球を触ってると落ち着きます。仕事が忙しくてげんなりしてるときにも、机の引き出しから取り出して握ったり、指に挟んだりしながら会議に出たりします。

2枚の牛革を赤い糸で繋いで縫ったボール。手触りもいいし、見た目も美しい。芸術を理解できないバカ脳の私の目には、村上隆の気色悪いオブジェよりも、よっぽど芸術的に映ります。

リモート会議はこういうことも出来るから、斬新な意見が出やすい気がします。きっと、私の〝硬球〟を誰もが持っているのかもしれません。 

硬球に癒されるのは、きっと「このボールを真剣に投げたり打ったりすることは死ぬまでもうない」という、なんだろう、自分の死骸を愛でるような感覚なのかもしれません。

それでも、せつなかったり、悲しかったりの感情が全くないのは少し不思議です。野球をやりきったわけではないのに。

また、野球以上に中途半端で、甘噛みしかしなかったボクシングのウィン二ングのグローブは、会社はもちろん自宅にもありませんが、滅多に訪れない大学の部室とかで見たり触ると、なぜかせつなくなります。

硬球以上に「もうこのグローブをはめてあの怖いリングに登ることは一生ない」ということに感慨しているのかもしれません。

こんな時間でも仕事のメールが来たりします。悪い意味でbusyな時代になってしまいました。

世の中は、悪い意味でゆとりや遊びや冗談がなくなってしまいました。

なにを書こうとしたのか忘れちゃいますが、自宅でお酒を飲むことが激増して、2年目。
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仕事が忙しいから、近所の子供達との交流も中断。


子供達からの「勝負しろ!」「数学教えろ!」という短い手紙(挑戦状?)や、親御さんからのお酒がと届けられるのは心苦しく、受け取った家族からは「無責任なことはやめて」と言われる始末。

来るものは拒まず、去る者は追わず。ず〜っとそうやって生きてきましたが、去る者は追わんでもええけど、来るものは拒まずは、良くないこともあるかもしれません。

もはや話は四方八方に放射しますが、先日「伝説のホップ SORACHI 1984」というのも頂いてしまって、これは缶でも名品なんですが、生だとさらに絶品なのです。

東京で気軽に飲めるのはアンテナショップのどさんこプラザ。ソフトクリームと同じ自販機で買えます。

こいつを左手に、ジャガイモコロッケ揚げたてを右手に持って屋上庭園で新幹線を見ながらいただくのが至福の昼休みなのでありまする。