ノニト・ドネア、やりました。

ノルディーヌ・ウバーリも強いパンチを入れたように見えましたが、お構いなしでした。

これでバンタム級王者に3度返り咲き。

そして、史上11人目の3つのディケイドで世界王者。

残る10人は、史上唯一の4つのディケイドのマニー・パッキャオを筆頭に 、シュガー・レイ・レナード、イベンダー・ホリフィールド、レオ・ガメス、フロイド・メイウェザー、バーナード・ホプキンス、エリック・モラレス、シェーン・モズリー、ホルヘ・アルセ、ローマン・ゴンザレス。

世界王座が潤沢に溢れる4−Belt Eraならではの記録、ディケイド末からスタートするのが有利、などケチの付けどころはいくらでもある記録ですが、ドネアが息の長いトップボクサーである指標の一つであることに変わりはありません。

さて、ドネアの主な勝利と敗北を振り返ります。
スクリーンショット 2021-05-30 21.02.40
ベストバウトは、当時PFPファイターで無敵と思われたビック・ダルチニアンを切れ味鋭い左フックで斬り落とした大番狂わせの〝世界デビュー〟。

ほぼ互角の展開で、ドネアも「再戦のチャンスを与える」と認めたムザラネ。2ラウンド予告KOを執行したモンティエル戦。ここまでが、フィリピーノフラッシュのプライムタイムでした。

誰と当たろうが、スピードで圧倒。「ライト級まで制覇してPPVスターになる」というドネアの野望を笑うファンは、当時いませんでした。

ジュニアフェザー級に上がってからもウィルフレド・バスケスJr.、ジェフリー・マゼブラを明白な形で打ち負かしますが、B級王者を仕留めるには至りません。

単調なファイトスタイルの限界と、階級の壁、そして経年劣化がドネアを侵蝕していました。

そして、迎える大一番、2013年4月13日。ギレルモ・リゴンドーとの決戦は、専門家予想はもちろん、オッズもブッカーによって分かれる、これぞ50-50の大勝負。

前日計量で「お前の目には俺のパンチは速すぎて見えない」と挑発するドネアに、キューバのジャッカルは「明日、その目を潰す。本気だ」と返し、ドネアはその通りに実行されてしまいます。

皮肉なことに、その試合会場の中規模ミュージックホールはニューヨークにありました。ドネアは敗北直後に、2012年のFIghter Of The Year(シュガー・ロビンソン賞)の表彰を受けることになるのです。

The Beginning of the End

そのセレモニーを伝えるメディアの多くは「終わりの始まりだ」と報じました。

「ドネアのスピードとパワーはジュニアフェザーでは通用しない」。

そして、その通りにドネアのキャリアは長く暗いトンネルに潜り込んでしまうのです。