スポーツは映画や小説ではありません。

そこにあるのは、実力だけが支配する、徹底的に唯物的な世界です。

紆余曲折と七転八倒を経て、精神的に悟りの境地に達した熟年のボクサーは、何も考えていない若さと力まかせのファイターに木っ端微塵にされるのが自然の理です。



しかし…。

何も考えない力まかせのファイターが、精神的に悟りの境地に到達したとしたら?

もちろん、紆余曲折と七転八倒で経年劣化と肉体の消耗は重く深く積み重なっています。

それでも、彼が、パワーと鋼鉄のアゴだけは手放していなかったとしたら?
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Amazonで割梅を買ってしまった…。「割梅キンミヤ25」を一晩で5合近く飲んでしまう毎日…。ビールやら日本酒飲んでから、なので、これは飲みすぎ。


8年前、ギレルモ・リゴンドーに翻弄されたノニト・ドネア。そのとき、これからドネアは没落してゆくと予想されました。

ドネアにとって、12年ぶりの敗北でしたが 、スピードとテクニックで及ばなかったリゴンドー戦は「終わりの始まり」と見られても仕方がないものでした。

潰された目をグローブでカバーする仕草も、世界だけでなく日本でも「相手に弱みを見せるような格好はやっちゃいかんですな」(浜田剛史)と批判されます。

「ドネアが引き出しのないバカファイターなのはわかってたが、ここまで無策とは」「年間最高選手賞の表彰式を控えたボクサーが完敗するのは惨めなものだ」 …ドネアのあまりにも拙く単調なスタイルにメデイアもファンも幻滅しました。

もちろん「プロボクサーは観客をワクワクさせるのが仕事。この試合を一言で表せば〝boring(退屈)〟二言で表すなら〝very boring(退屈極まりなかった)〟」と、倒しにいかずに最後はフラッシュダウンを食ったリゴンドーへの風当たりも強烈でした。

あの試合は、ある意味、二人とも敗者でした。

そして、多くのメディアが予言した通り、ドネアにとってあの試合はThe Beginning of the Endになりました。

ただし、それは日本時間で2021年5月30日という「時限付き」のThe Beginning of the Endでした。
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ヨーダのオーラやな、もはや。

先入観にまみれたメディアやファンの狭い視野の遥か上を翔ぶのが 、偉大なファイターです。

そして今日、フィリピーノフラッシュは、激しく発光しただけでなく、確かに翔びました。 

終わりの始まり、なんかじゃありません。

ノニト・ドネア、新章開幕です。