リング誌6月号、電子版がアップされました。
もちろん、マーベラス・マービンの大特集です。
まだ、髪の毛があるハグラー。毛があっても強そうです。↓
もちろん、マーベラス・マービンの大特集です。
まだ、髪の毛があるハグラー。毛があっても強そうです。↓
HAGLER’S ARDUOUS RISE THROUGH THE AMATEUR AND PROFESSIONAL RANKS WAS PRECEDED BY A CHANGE OF SCENERY AND A FORTUITOUS UNION WITH THE PETRONELLI BROTHERS
アマチュアでもプロでも強靭さを見せつけたハグラーがリングに上がるとき、いつもペトロネリ兄弟 と一緒だった。
アマチュアでもプロでも強靭さを見せつけたハグラーがリングに上がるとき、いつもペトロネリ兄弟 と一緒だった。
Serendipity is where chance becomes good fortune.
セレンディピティとは、元々イタリア語で「偶然」が「幸運」に変わるという意味だ。
イタリアに縁もゆかりもない15歳のマービン・ナサニエル・ハグラーはニュージャージー州ニューアークから母親と兄弟とマサチューセッツ州ブロックトンに引っ越した。
引っ越した、なんて言葉を使うと彼らは苦笑いするだろう。貧困と暴力が限界を超えて渦巻いていたニューアークは、家族で生き残るには逃げるしかなかったのだ。
この引っ越し、いや生きるための逃亡で、Serendipityのサイコロを投げていたなんて、内向的な15歳の黒人少年が気付くはずもなかった。
人間不信の少年が心を許せるのは、家族だけだった。自分に懐いてくれる鳩にも愛情を感じたが、それ以外の世界は、全部が敵だった。
家族を支えるために働きづくめの少年は、通勤で前を通るボクシングジムに惹きつけられた。
理由なんて、そのときも後になっても、わからない。とにかく古くて立て付けが悪くて、暗くて、ジメジメしたボクシングジムが、どういうわけだか、少年の目にはまぶしく輝いて見えたのだ。
本人がどんなに考えても理由が説明できない、こんなことを、Serendipityと呼ぶ以外に、何か表現のしようがあるか?
人間不信の黒人少年が一番信じることができないのは、当たり前だが白人だ。大人の白人兄弟なんて、自分に危害を加えようとしてる凶悪な猛獣にしか見えなかった…そのはずだった。
白人から受けた酷い仕打ち、恐怖の思いは少年の心に生々しく刻みつけられていた。
それなのに。
グッディとパット、ペトロネリ兄弟と初めて会ったとき、少年が感じたのは恐怖ではなく、不思議な親しみだけだった。
あの時の少年が、そう感じる白人兄弟は、この地球上で、ペトロネリ兄弟しかいなかっただろう。
こんな偶然をSerendipityと呼ぶ以外に、どう語れば良いのか?
ありえない偶然が、いくつも重なる、そんなことが世の中にはある。滅多にないことだけど。
そういえば、英語で偶然は chance だ。チャンス、そう、絶好の機会だ。そんな偶然のチャンスが、大きな幸運、 good fortuneに化ける。
将来に希望を見出せない15歳の黒人少年が、なぜか薄暗いボクシングジムに引き寄せられ、恐怖に慄くしかなかったはずの白人兄弟に説明不可能の、温かい親しみを感じる。
しかも、そんな奇跡が起きたのが、裏切りと欲望しかないはずのボクシングという世界だというのだから、もはや偶然ではなく神の配剤だったのかもしれない。
そして、裏切りと欲望しかない腐った世界で、ハグラーとペトロネリ兄弟は生涯の忠誠を互いに貫いた。ボクシングを知らない人に説明するなら、こんなことは絶対にありえないことなのだ。
これ以上に、美しい物語が他にあるだろうか?
Serendipity is where chance becomes good fortune. セレンディピティとは「偶然」が「幸運」に変わるという意味だ。
残念ながら英語には、それを一言で表現する言葉を持つていなかった。
Serendipity…。
しかし、本当に偶然だったのだろうか?
多分、それは偶然なんかじゃなく、必然だった。
ハグラーとペトロネリ兄弟は、出会うべくして出会ったのだ。
ハグラーはペトロネリ兄弟と会うために、ニューアークからブロックトンを目指したのだ。
ペトロネリ兄弟はハグラーを待つために、かの地でボクシングジムを開いたのだ。
そして、運命のサイコロは、さらに転がってゆく。

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