好天でした。

仕事先の方との食事もお弁当を買って日比谷公園へ。
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有楽町にも「よしもと」があるのです。
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有楽町コンコースでは、食器が「ご自由にお持ち下さい」。閉める店があるようです。
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皇居前から日比谷公園へ。

日比谷公園は人が多そうなイメージがあって嫌だったのですが、良さげなベンチをすぐに見つけることができました。
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仕事は、超の付く繁忙期ですが「納期は4月で良いですよ」という優しい取引先とお昼ごはんから、皇居周りをお散歩。ちょっと贅沢で長い昼休みでした。

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思えばこの試合がトップランクが打った最高の興行でした。「バドワイザー・プレゼンツ」というのも時代です。バドワイザーやクアーズは遠くなりにけり。今は「テカテ、セルベッソ!」。ボクシングは「パクス・メキシカーナ」の時代です。
 
マーベラス・マービンの話です。


中高生の頃、スポーツイラストレイテッド誌やリング誌などに掲載されたスポーツの記事、特にボクシング関係のものが私の英語の教科書でした。

特にボクシングの記事は最高の先生でした。

読みたい、理解したい、でも何が書いてあるのか全くわからない…そんなジレンマと戦いながらも、それが試合の記事なら、ボクシングマガジンの日本語と〝答え合わせ〟をすることが出来ました。

英語の文型や構文に関する知識がほぼゼロの私でも、その概念を知る前に、それを理解することができました。

Hagler knocked Hamsho down twice to earn a fourth-round TKO victory.

簡単な単語しか並んでいません。英語の知識が無くても試合を知ってる人が読めば「ハグラーがハムショから2度のダウンを奪って4ラウンドでTKO勝利した」と正確に訳せるはずです。

そして、knocked Hamsho down なんてのも良いですね〜。バカ中学生でも「英語ってこういう表現するんだ」と腑に落ちました。

日本語だとknockoutやknockdownは一つの言葉で、英語でもその場合がありますが「ハグラーはハムショをノックしてダウンさせた」というのが英語的です。

スボイラやリング誌を興味津々で読み込むことで、 日本語にない英語独特の文型や構文についても極めて自然に習得することが出来ました。

もちろん、ハグラーvsハムショを見ること、ボクシングに興味を持つことなどの前提条件に費やす時間を考えると、受験やビジネス英語に対する本当に効果的なアプローチだったのか?となると大いに疑問です。

それでも、本人からしたら何の苦もなく、いつのまにか受験レベルの英語を易々と習得することが出来ていました。

授業では、あまりお目にかかれない言葉も、当たり前のように大量に覚えました。

weighing、weigh−in(計量)、terrible(恐怖の)、vulnerable(打たれ弱い)、brutal(残酷な)、awkward(やりずらい)、ferocious、fierce(獰猛な)、relentless(情け容赦ない)、concussion(脳震盪)、farce(茶番劇)、hype (誇大広告)、split(分かれること)、cherry picking(良いとこ取り=雑魚狩り)、endorsement(スポンサー収入)、unprecedented(前代未聞)…。cherry pickingcherry pickingpe  

高校時代。ある日の英語の授業が終わって、クラスメイトがタイム誌だかニューズウィーク誌の記事を持ち出して「この単語の意味がわからない。辞書にも載ってない」と先生にに相談したことがありました。

ghettoese。

黒板に書いて、先生は「これ私もわからない。誰かわかる?」と優等生を指しましたが、誰も知りません。

その先生は、成績最悪の私を過大評価する奇特な方で、だいたいにおいて最後の最後に私に聞いてくるのです。

そういうときは、知ってても「わかりません」と答えるようにしてましたが、そのときはちょっとボーっとしてて「全体を読んだ方がわかるよね?」とタイム誌を差し出されて「あ、要りません。ゲットー語って意味です」と答えてしまいました。

「ゲットーってユダヤ人を強制的に住まわせたところじゃないのか?」という先生の質問も、仕方がないなという感じで「ゲットーはアメリカにあるし、ユダヤ人とも限らない。ゲットー語は下品な言葉という意味」と説明しました。

ボクサーのトラッシュトークを表現するときにちょくちょく見かけた言葉です。

英語でしか読んだことのない言葉でしたが、日本語としてもきちんと整理できていたようでした。

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自慢話の前置きが長くなりました。

マーベラス・マービンがいなければ、私は引きこもって、あそこまで英語雑誌を読み耽ることはなかったでしょう。

私の教師、ハグラーの血風録です。

さて、何から書きましょうか。

リングの中の試合については、私のくだらないゴミ言葉でハグラーを伝えることなど出来っこないので、YouTubeなどで堪能して下さいませ。

ハグラーの世界戦14試合はいずれもマスト・シーですが、vsロベルト・デュラン、vsジョン・ムガビ、そしてvsトーマス・ハーンズは、それぞれテイストが異なる不朽の名作です。

ハグラーの試合が面白いのは、高度な技術を持ちながらも純粋にボクシングの醍醐味、殴り合いを見せてくれるから。

そして、あまりに強過ぎるがためにメディアもファンも「誰がハグラーに勝てるのか?」という対戦者候補を考える楽しみに耽けることまで出来ました。

ハーンズはその有力候補の1人でしたが、あの史上最も苛烈な3ラウンドで、リングサイドに座るドナルド・カリーの姿にもファンはワクワクを抑え切れませんでした。

ハグラーvsカリー。「そんなアホな。GGGvsブルック、カネロvsカーンよりも悲惨な結果にしかならない」というのは、後出しジャンケンで、当時のローンスター・コブラはモーターシティ・コブラと並ぶ打倒ハグラーの最右翼でした。 

ザ・ビースト・ムガビとの力比べも制したハグラーを解説者席で仮想敵のように語ったシュガー・レイ・レナードにメディアもファンも「ハグラー相手にカムバックなんてありえない」と思いましたが、何かが起きるかもしれない…という根拠のない期待が膨らむのも抑え切れませんでした。

かつて「ヘクター・カマチョは小さ過ぎる。ハグラーは大き過ぎる」と口にしていたレナードでしたが、結局2人と戦うことになります。


兎にも角にも。THE SUPER FIGHTと銘打たれた史上最大の興行は、何もかもが桁外れでした。

最近で例えると、破格の興行規模はパッキャオvsメイウェザー、衝撃のマッチアップはパッキャオvsデラホーヤでした。

しかし、私にとってハグレナが、人生初の〝バックメイ〟であり〝パックデラ〟だったのです。

度肝抜く興行規模と、ありえないマッチメイク。それが同時に成立した超弩級のメガファイトがハグラーvsレナードでした。 



続きます。

49日が過ぎようが、一周忌が過ぎようが、生誕100年になろうが、終わりません。続きます。

なんでかわかりませんが、シラフでちゃんと書きたくなります。