何年ぶりか、もはや記憶も辿れない六本木。
昔はもう少し猥雑だった気もしますが、日が暮れてもここで酒を飲みたいと激しい発作に襲われることはない、私には無縁のお上品な街です。
それにしても、村上隆はどこがいいのか、どれを見てもさっばりわからん。
そういえば、チューリップの季節です。
1942年、昭和16年生まれの青木勝利。
日本ボクシング史上最高の強打者の資料が驚くほど少ない理由は、私の情報収集能力が貧弱であることはもちろんですが、やはりリアルタイムで観ていないことが大きくのしかかっている気がします。
テレビ画面を通した二次元でしか知らない、という点では青木勝利も井上尚弥も同じはずです。
しかし、単純に情報量の寡多だけでなく「今そこにいる、試合を見ようと思えば見に行ける」というリアルタイムかどうかの差が、井上を「現実」に青木を「歴史」に感じてしまう理由でしょう。
また、青木勝利のことを探すと「青木 勝利(あおき かつとし=1942年11月28日 〜 ?)」という、一世風靡した人物とは思えない「生死不明」の〝標識〟に突き当たってしまいます。
この〝標識〟が青木を、より悲劇的に、よりミステリアスに、よりセクシーに見せているのかもしれません。
では、ファイティング原田は?
リアルタイムでは知らなくても「歴史」と「現実」が攪拌された存在です。もし、原田が私が物心つく前に亡くなっていたら、原田も「歴史」だったでしょうか?
そうではない気がしてきました。
〝なるべくして〟の流れに為す術もなかった青木
〝なるべくして〟の流れに懸命に抗った原田。
2人が戦った共通の相手、エデル・ジョフレとの試合を見ると原田はもちろん、「黄金のバンタム」を前にして青木もどうしようもなかったわけではありません。
青木のメガトンパンチの強烈さは、ジョフレも感じていたはずです。
しかし「黄金のバンタム」( O GALO DE OURO / 1979年)や、1996年1月24日発行の「ワールド・ボクシング1月号増刊 ボクシング最強の一冊」などで、ジョフレが「バンタム級の世界戦10試合」の相手を振り返ったとき、青木を「弱かった」と一言で切り捨てています。
ジョフレを最も苦しめ、黒星をなすりつけた唯一の相手、原田については「ジョー・メデルの方が強い」「バッティングがひどかったのに、主審が注意をしなかった」「判定は微妙なものだった」「テクニックは私の方が上」と酷評しながらも「負け惜しみに聞こえるのが嫌だから、これだけははっきりさせておく。原田は強い」と認めています。
ジョフレ戦を前にした青木と原田のコメントも全く違いました。
「ジョフレに勝ったらとんでもないこと」と興奮する記者に、青木は「ジョフレに勝ったからって、どうにもならないよ」としらけた口調で答えたといいます。
一方の原田は「ジョフレに勝てると思うか?」と聞かれて、婚約者とともに来日し笑いながら握手してきた王者を思い出して「畜生!観光気分で来やがって!」と質問とは違う答えを吐き出しました。
もう一度同じ問いを繰り返された原田は「同じ体重で二つの拳で戦うのに勝てないわけがない」と闘志を剥き出しにしました。
青木の言葉は、強い決意を隠した照れ隠しだったのかもしれません。しかし、彼は引退後も「ジョフレに勝ってたとしても何も変わらなかった」と同じことを口にしています。
ジョフレは自伝のカバーや、サイン色紙などに「青木戦」の写真を好んで使っています。「弱い」と切り捨てた相手の写真にそこまで思い入れがあるものでしょうか?
私たちは「絶対不利」と決めつけられたリングに自信満々で上がるモハメド・アリや原田、パッキャオが大好きです。
アリが偉大な理由は、あんなパンチで大男が倒れるのか?というファントムパンチを放つからではありません。
原田の戦い方に血湧き肉躍るのは、無尽蔵のスタミナで打ち続けるラッシュに魅せられるからではありません。
パッキャオを刮目して見なければならないのは、大砲の左で試合が一気に動くからではありません。
絶対不利と決めつけられ、常人なら怯むしかないはずの大勝負。そのリングに、自分を信じて嬉々として上がることが出来るからです。
そして、そこまで自分を信じることなど私たちには出来ません。大袈裟ではなく、あれは本当に超能力としか思えません。
〝なるべくして〟の流れに為す術もなかった青木
〝なるべくして〟の流れに懸命に抗った原田。
2人が戦った共通の相手、エデル・ジョフレとの試合を見ると原田はもちろん、「黄金のバンタム」を前にして青木もどうしようもなかったわけではありません。
青木のメガトンパンチの強烈さは、ジョフレも感じていたはずです。
しかし「黄金のバンタム」( O GALO DE OURO / 1979年)や、1996年1月24日発行の「ワールド・ボクシング1月号増刊 ボクシング最強の一冊」などで、ジョフレが「バンタム級の世界戦10試合」の相手を振り返ったとき、青木を「弱かった」と一言で切り捨てています。
ジョフレを最も苦しめ、黒星をなすりつけた唯一の相手、原田については「ジョー・メデルの方が強い」「バッティングがひどかったのに、主審が注意をしなかった」「判定は微妙なものだった」「テクニックは私の方が上」と酷評しながらも「負け惜しみに聞こえるのが嫌だから、これだけははっきりさせておく。原田は強い」と認めています。
ジョフレ戦を前にした青木と原田のコメントも全く違いました。
「ジョフレに勝ったらとんでもないこと」と興奮する記者に、青木は「ジョフレに勝ったからって、どうにもならないよ」としらけた口調で答えたといいます。
一方の原田は「ジョフレに勝てると思うか?」と聞かれて、婚約者とともに来日し笑いながら握手してきた王者を思い出して「畜生!観光気分で来やがって!」と質問とは違う答えを吐き出しました。
もう一度同じ問いを繰り返された原田は「同じ体重で二つの拳で戦うのに勝てないわけがない」と闘志を剥き出しにしました。
青木の言葉は、強い決意を隠した照れ隠しだったのかもしれません。しかし、彼は引退後も「ジョフレに勝ってたとしても何も変わらなかった」と同じことを口にしています。
ジョフレは自伝のカバーや、サイン色紙などに「青木戦」の写真を好んで使っています。「弱い」と切り捨てた相手の写真にそこまで思い入れがあるものでしょうか?
私たちは「絶対不利」と決めつけられたリングに自信満々で上がるモハメド・アリや原田、パッキャオが大好きです。
アリが偉大な理由は、あんなパンチで大男が倒れるのか?というファントムパンチを放つからではありません。
原田の戦い方に血湧き肉躍るのは、無尽蔵のスタミナで打ち続けるラッシュに魅せられるからではありません。
パッキャオを刮目して見なければならないのは、大砲の左で試合が一気に動くからではありません。
絶対不利と決めつけられ、常人なら怯むしかないはずの大勝負。そのリングに、自分を信じて嬉々として上がることが出来るからです。
そして、そこまで自分を信じることなど私たちには出来ません。大袈裟ではなく、あれは本当に超能力としか思えません。
超能力者は間違いなく、確かに実在するのです。
そして、私たちと同じように、青木勝利もまた、自分を信じることが出来なかったのです。
そして、私たちと同じように、青木勝利もまた、自分を信じることが出来なかったのです。
青木は超能力など持ち合わせない、生身の1人の人間でした。




コメント
コメント一覧 (6)
村上隆。同感です。何故誰も言わないのか不思議でした。悪徳プロモーターのような画商のせいかもしれませんね。あれが素晴らしいのならば、ドラえもんはもっと素晴らしい。
フシ穴の眼
が
しました
私もジムに入門する前は自信満々でした。新人王になって日本ランク入り、日本タイトルを数回防衛して無敗のまま世界挑戦したいというのが夢でした。
しかしジムに入って数ヶ月するころには「最低でもプロテストは受かりたい」、デビューにこぎ着けたときも「プロで1勝したい。でも3試合して1度も勝てなかったら諦めよう」とすっかり下方修正されていました(笑)
まわりのボクサーを見渡しても、強い奴ほど自尊心が強かった気がします。
逆にどこのジムにも一人はいる頑なにプロテストを受けない万年練習生はいつまでも自分が最強と思っていられてある意味羨ましいです。
フシ穴の眼
が
しました