プロアスリートが引退後に破産したり、犯罪に手を染めてしまうことは、よく見聞きします。

周囲からチヤホヤされて、同年代のサラリーマンとは比較にならない高額の報酬を手にした現役時代から、引退後にスポットライトが暗転することに耐えられなくて崩れ落ちてしまうのかもしれません。

また、現役時代に有名を馳せたスターの没落はメディアや一般市民にとって見上げるしかなかった羨望や嫉妬が、上から見下ろす憐憫や嘲笑に変換する愉悦のニュースです。

極めて若い年齢から、地に足をつけた地道な生活とはかけ離れていたプロアスリートにとって、引退は夢から醒めるようなものでしょう。

ボクシングの世界でも「ミドル級の呪い」や「マイク・タイソンの天国から地獄」「トレバー・バービックの最期」「エドウィン・バレロの狂気と破滅」…スターへの成長が期待された才能や、頂点から転落した王者は数知れません。

そして、引退後に身を滅ぼす選手の多くが、現役時代からその兆候を発芽させていたケースも珍しくありません。

そんな〝堕ちた英雄〟には2つのタイプがあるように見えて来ます。

一つは、人生をやり直したら同じ過ちは繰り返さないタイプ。もう一つは、もはやそんな問題ではないタイプと。

モハメド・アリやマニー・パッキャオは、何度生まれ変わってもアリやパッキャオのままでしょう。

しかし、自分を信じる才能が超能力レベルで備わっている彼らは〝堕ちた英雄〟にはなりえません
image
今夜から始まる〝堕ちた英雄〟は、自分も世界も信用することが出来なかった悲しい人間の物語です。

彼らは、多くの人が思ってるように、心が弱かっただけなのか。血と生い立ちと環境が、彼らを脆弱な人間たらしめたのか。

アリやパッキャオが偉大なことは誰にでもわかります。なにしろ、彼らは超能力者ですから。

しかし、アリやパッキャオに共鳴できる人はいないでしょう。

私たちが 、私たちに近い存在として同調できるのは、自分を信じきれなかった〝堕ちた英雄〟です。

当たり前ですが、リアルタイムで観てきた光景は、独断と偏見とはいえ断定的に語ることができます。

具志堅用高の躍動や渡辺二郎の冷徹、辰吉丈一郎の絶頂、畑山隆則の情熱。

しかし、私にとってファイティング原田の偉大さや、大場政夫の激情、輪島功一のカリスマはビデオや活字から学習した体温を持たない歴史です。

どうしても語ったり、書くことに、前のめりになることはできません。

それでも、気になって仕方がない「歴史」もあります。体温を持たないはずなのに、なぜだかやけに熱く感じたり、その逆に冷たく感じたり…。
 
スクリーンショット 2021-03-09 1.08.57

https://www.youtube.com/watch?v=mdgdZBWzUkU


生涯66戦48勝25KO14敗4分。 

ついに世界に飛び立てなかった「日本ボクシング史上最高の才能」 。1942年11月28日生まれの元東洋バンタム級チャンピオンは、78歳になっているはずです。

生きていれば…。