父親が転勤族で。小学校は盛岡や福島で過ごしたこともありました。
札幌や大阪、兵庫、広島…いろいろ転々しましたが、純朴な強さを静かに感じられた東北が、私の核を作ってくれたような気もします。
私はいつまでたっても、薄汚れて弱くて喧騒なままですが、なりたいのは純朴で強くて静かな人間です。
大酒飲んでたところに「ここが震源地でありますように」というような大きな揺れに見舞われて。
ニュース速報と、友人からの携帯メールがわっときて。
私が関西から上京した80年代後半、たくさんの人から、東北時代の方も「地震に気をつけて」と言葉を寄せていただきました。
当時も「大地震は近いうちに起きる」と信じられていましたし、そしてそれは「東京」を巻き込む「東海大地震」でした。
どうでも良い話がしたいです。
高校時代の野球部の同期で、カツ丼を食うたびにその画像を送ってくる現在英語教師がいます。送ってくるのは、カツ丼だけなんです。
でも、そいつが「カツ丼」以上に面倒臭いのは、大の清原信者だということなんです。どっかで書いたかもしれません。ここでは〝キヨマー〟にしましょうか、仮名。
学校でも生徒に「君たちには誰からも応援されるイチローや松井になってほしい。でも、味方からも応援されない時期が人生の中では訪れるかもしれない。それでも、堂々とバッターボックスに向かってフルスイングする清原のような心の強さも持ってほしい」なんて語るそうです。
私たちと酒を飲んでても「清原ほど心が弱い奴はいない」「暴力団とつながってる」「覚せい剤やってるにきまってる」と責められながらも「イチローや松井に、あんな逆風が耐えられるか!」「そんなことやるわけないやろ!」と頑張ってた男でした。
しかし、ご存知のように、2016年2月2日に覚醒剤取締法違反容疑で現行犯逮捕されてしまいます。
それから、2月にキヨマーを囲んでお酒を飲む会が、我々の間で粛々と催されているのです。
甲子園で鮮烈な印象を残して、プロでも高卒1年目では空前絶後の打棒を振るった清原は、多くの人にとって特別な存在です。
個人的な感覚ですが、私の母親世代に支持者が多い気がします。
何れにしても人気者です。
それにしても、人気ってなんなんでしょうか?
イチローが甲子園で清原級に活躍していたなら、その人気はもっと突き抜けてたのでしょうか?
リング誌でも、引退から15年以上経ったタイソンや、親会社ゴールデンボーイ・プロモーションズの宿敵パッキャオは特集すると売り上げが伸びる黄金コンテンツです。
タイソンやパッキャオが人気なのは、ボクシングファンなら誰でもわかります。
二人は試合がとにかく面白かった。
彼らのような突出した魅力はなくても、試合が面白ければ売れるのか?
それがそうでもないのが、ボクシングの世界です。
例えば。
日本でも馴染み深いフェルナンド・モンティエルと、全く共感のないアブネル・マレス。
どちらの試合が面白いか?
そう問われたら、日本のボクシングファンでなくても、モンティエルでしょう。
しかし、なぜだか、世の中は不公平でマレス>>>>>>モンティエル。
同じ二階級制覇時のファイトマネーでもマレスは30万ドル、モンティエルはまさかの1万5000ドル。
モンティエルは長谷川戦で来日、マレスを大きく上回る報酬を手にする人生大逆転劇を演じますが、もし呼ばれなかったら…生活コストが全く違うとはいえ、日本人ならバイトしてた方がマシな次元の世界王者で終わるところでした。
マレスはあのジョニー・ゴンザレスに大番狂わせとはいえ1ラウンドで粉砕されました。モンティエルも良い勝負をしそうな気もしますが、報酬評価は天と地、それはすなわち人気です。
米国で十分な人気があれば、そんな軽量級はまずいませんが、いても、よほどの特殊事情がない限り日本には来ません。
「マレスとレオ・サンタクルス」、彼らより試合はずっと面白い「モンティエルとジョニゴン」はどうして人気=報酬では絶望的な差をつけられるのでしょうか?
「マレスvsサンタ」は勇気を見せて熱狂を呼び再戦が渇望されたが、「モンチvsジョニゴン」はチキンを晒して幻滅され、二度と見たくないと烙印を押された…もちろん、それもありますが、それだけではありません。
札幌や大阪、兵庫、広島…いろいろ転々しましたが、純朴な強さを静かに感じられた東北が、私の核を作ってくれたような気もします。
私はいつまでたっても、薄汚れて弱くて喧騒なままですが、なりたいのは純朴で強くて静かな人間です。
大酒飲んでたところに「ここが震源地でありますように」というような大きな揺れに見舞われて。
ニュース速報と、友人からの携帯メールがわっときて。
私が関西から上京した80年代後半、たくさんの人から、東北時代の方も「地震に気をつけて」と言葉を寄せていただきました。
当時も「大地震は近いうちに起きる」と信じられていましたし、そしてそれは「東京」を巻き込む「東海大地震」でした。
どうでも良い話がしたいです。
高校時代の野球部の同期で、カツ丼を食うたびにその画像を送ってくる現在英語教師がいます。送ってくるのは、カツ丼だけなんです。
でも、そいつが「カツ丼」以上に面倒臭いのは、大の清原信者だということなんです。どっかで書いたかもしれません。ここでは〝キヨマー〟にしましょうか、仮名。
学校でも生徒に「君たちには誰からも応援されるイチローや松井になってほしい。でも、味方からも応援されない時期が人生の中では訪れるかもしれない。それでも、堂々とバッターボックスに向かってフルスイングする清原のような心の強さも持ってほしい」なんて語るそうです。
私たちと酒を飲んでても「清原ほど心が弱い奴はいない」「暴力団とつながってる」「覚せい剤やってるにきまってる」と責められながらも「イチローや松井に、あんな逆風が耐えられるか!」「そんなことやるわけないやろ!」と頑張ってた男でした。
しかし、ご存知のように、2016年2月2日に覚醒剤取締法違反容疑で現行犯逮捕されてしまいます。
それから、2月にキヨマーを囲んでお酒を飲む会が、我々の間で粛々と催されているのです。
甲子園で鮮烈な印象を残して、プロでも高卒1年目では空前絶後の打棒を振るった清原は、多くの人にとって特別な存在です。
個人的な感覚ですが、私の母親世代に支持者が多い気がします。
何れにしても人気者です。
それにしても、人気ってなんなんでしょうか?
イチローが甲子園で清原級に活躍していたなら、その人気はもっと突き抜けてたのでしょうか?
ボクシングでもマイク・タイソンのようにメディアを巧みに巻き込んだ「造られた人気者」もいれば、マニー・パッキャオのような誰も望んでいないのに土足でスターダムに駆け上がった「厚かましい人気者」もいます。
リング誌でも、引退から15年以上経ったタイソンや、親会社ゴールデンボーイ・プロモーションズの宿敵パッキャオは特集すると売り上げが伸びる黄金コンテンツです。
タイソンやパッキャオが人気なのは、ボクシングファンなら誰でもわかります。
二人は試合がとにかく面白かった。
彼らのような突出した魅力はなくても、試合が面白ければ売れるのか?
それがそうでもないのが、ボクシングの世界です。
例えば。
日本でも馴染み深いフェルナンド・モンティエルと、全く共感のないアブネル・マレス。
どちらの試合が面白いか?
そう問われたら、日本のボクシングファンでなくても、モンティエルでしょう。
しかし、なぜだか、世の中は不公平でマレス>>>>>>モンティエル。
同じ二階級制覇時のファイトマネーでもマレスは30万ドル、モンティエルはまさかの1万5000ドル。
モンティエルは長谷川戦で来日、マレスを大きく上回る報酬を手にする人生大逆転劇を演じますが、もし呼ばれなかったら…生活コストが全く違うとはいえ、日本人ならバイトしてた方がマシな次元の世界王者で終わるところでした。
マレスはあのジョニー・ゴンザレスに大番狂わせとはいえ1ラウンドで粉砕されました。モンティエルも良い勝負をしそうな気もしますが、報酬評価は天と地、それはすなわち人気です。
米国で十分な人気があれば、そんな軽量級はまずいませんが、いても、よほどの特殊事情がない限り日本には来ません。
「マレスとレオ・サンタクルス」、彼らより試合はずっと面白い「モンティエルとジョニゴン」はどうして人気=報酬では絶望的な差をつけられるのでしょうか?
「マレスvsサンタ」は勇気を見せて熱狂を呼び再戦が渇望されたが、「モンチvsジョニゴン」はチキンを晒して幻滅され、二度と見たくないと烙印を押された…もちろん、それもありますが、それだけではありません。


コメント
コメント一覧 (1)
長谷川は、もし今の時代なら徳山やサーシャ、あるいはウィラポンを倒した後に、統一戦をめざしてジョニゴンやマルケス、シドレンコなどとやっていたかもしれません。
フシ穴の眼
が
しました