キックのファンには失礼な物言いですが、那須川天心の挑戦は「泪橋を逆に渡る」ということです。

もし、生まれたばかりの赤ん坊を抱くあなたに神様が「この子の未来にサッカーかフットサルの世界的スターを用意した。どちらでも好きな方を選びなさい」と話しかけたら、あなたは前者を選ぶでしょう。

同じように「ボクシングのウェルター級王者か、キックボクシングの王者」なら、やはり迷わず前者を選ぶはずです。

ボクシングとキックボクシング。

よく似たスポーツで、両方とも好きというファンも多いと思います。

しかし、この二つの格闘技の間は「社会的な認知」という大きく分厚い壁によって隔てられています。

地上波ゴールデンタイムで生中継される那須川に対して、生中継すらされないボクシングの世界戦も少なくありません。

両者の注目度には雲泥の差がありますが、一般紙がスポーツ欄で扱うのは後者です。那須川のキックボクシングは、一般紙の世界ではスポーツとして認められていないのです。 

ボクシングとキックボクシング。「認知」と「非認知」。

その間に架かる〝泪橋〟。

多くの場合、ボクシングの落ちこぼれや、元有名ボクサーが〝都落ち〟と後ろ指を差されながら、この橋を渡って行きました。
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一方で、世界的にはキックボクサーからボクシングに転向して大きな成果を掴んだ例は、枚挙にいとまがありません。

トップレベルの層が薄く同じ相手との対戦が多いために、賭けが成立しなくなる強豪選手が国際式に転向するムエタイはその典型です。

しかし、タイ王国ではムエタイは国技、文句無しの「認知」されたスポーツです。 つまり、かの国には〝泪橋〟はどこにも架かっていないのです。

また、キックボクシングの人気が非常に希薄な米国でも、その興行はボクシングと同じ各州のアスレティック・コミッションが統括する「認知」されたスポーツです。それは、欧州でも同じです。

こうした背景を考えると、井上尚弥と村田諒太と並ぶ最も知名度のあるプロ格闘技選手の一人である那須川の職業が認知されていない事実は、非常な理不尽に思えてきます。

もちろん、那須川の職業をスポーツと認めることは、RIZINを「スポーツの統括団体」と認めることに他なりません。

那須川とキックボクシングはスポーツと認めるべきだと思いますが、誰がどう贔屓目に見てもRIZINはスポーツを統括する団体ではありません。

もちろん「いつか必ず一般紙のスポーツ欄で扱われるスポーツになってみせる」という真摯な目標があって、資本を強化するためにやむなく茶番劇を交えなければならない忸怩を飲み込んでいるのなら、多くの人が惜しみないエールを送るでしょう。

しかし、RIZINから聴こえてくる言葉からは、チンケな茶番劇の腐臭しか立ち昇ってきません。

「キックボクシングという素晴らしい世界をスポーツとして認めさせる」という高邁な野望を読み取ることは、全くできないのです。

UFCを筆頭に、米国のMMA団体はネバダ州をはじめ有力州のアスレティックコミッションへのロビー活動を進め、ボクシング同様かそれ以上に厳しい姿勢でドーピングを管理、今ではESPNやYahoo!など多くのメディアでボクシングに並ぶ(あるいはそれ以上の)プロ格闘技として認知されています。

没落したリング誌が電子版はもちろん、プリント版でもMMAコーナーを設けるなど、両者の勢いの差は明らかです。

男子トップ選手は、ボクシングの軽量級王者よりも遥かに大きな報酬を手にし、女子はすでにボクシングを圧倒する待遇に浴しています(MMAでもボクシング同様に男子はフライ、バンタムが冷遇される格差はありますが)。

米国限定とはいえ、短期間でボクシングに追いつき、追い越そうとしているMMAが発散していた高邁な野望は、RIZINには微塵も感じられません。

それどころか、全く真逆の姿勢で茶番劇に軸足を置いているようにすら見えます。

もし、海外のようにキックボクシングがスポーツとして認められ、一般紙でも報じられるようになれば、高校大学などの部活動やアマチュアも活発になり、裾野が一気に広がるはずです。

もし、そんな世界でキックを職業にしていたら、那須川はボクシング転向なんて考えなかったかもしれません。

しかし、現実には那須川の前には物悲しい〝泪橋〟が架かっているのです。

彼がさいたまスーパーアリーナの大観衆を熱狂させて、高視聴率を叩き出しても、翌日の一般紙では全く扱われません。


それでも…。

もし、あなたが産まれたばかりの赤ん坊に、神様の差し出した二択を「それしかない」と選んでいたら…それは本当にその子の人生にとって幸せなことでしょうか?

私は、小学生の頃「野球をしないやつは負け犬だ」くらいに思っていました(最低です)。しかし、陸上競技の面白さを識ったとき、やっと宝物を見つけた気分になれました。

いつの間にか、それしかないと勝手に思い込んでいた野球。そんな野球とは全く違う陸上競技の世界。

中距離や長距離のレースで勝った喜びや興奮は、団体競技の野球で勝つのとは種類が全く違いますが、個人的には圧倒的に大きな愉悦と恍惚でした。 

キックを選んだ那須川天心にも、彼なりの想いが当たり前に、強烈に込められていたはずです。

そして、今、頂点を極めたキックボクサーとして、ボクシングを選ぼうと面舵一杯を取る覚悟には、常人には思いの及ばない複雑な情熱が溢れているはずです。

単純に「陽の当たる場所に行きたい」だけではないでしょう。「キックボクサーの代表」としての矜持や、一種の責任感もあるかもしれません。

いずれにしても、日本で人気絶頂のキックボクサーがボクシングに挑戦するというのは、異例です。 

かつて、魔裟斗はK1ワールドマックスで優勝したとき「これはWBAやWBCのタイトルに匹敵する」と喜びました。「ラスベガスでバーナード・ホプキンスと戦いたい」とも口にしました。

魔裟斗は、今の那須川よりも大きなムーブメントを作ったキックのグレートでしたが、彼の言動から滲み出るボクシングへの未練や嫉妬は、キックのファンにとって残念なニュアンスがあったかもしれません。
 



…余談ですが、友人の友人の友人の友人の…遠い機縁で同年代に「馬場くん(仮名)」というプロのキックボクサーがいました。

彼はトップ私大卒で大企業に就職してからもキックを続け、毎年タイで合宿稽古を行う変わり者でした。

ボクサーもそうですが、ときどきこの種の「変わり者」っているんです。 

彼の対戦相手の応援団は、完全100%族上がりというか、現役族というか、格好悪い特攻服やらものすごい出で立ちで後楽園ホールにやって来るのです。

応援もガラが悪いというよりも、まず頭が悪い。エレベータで一緒になると、普通にガン飛ばしてくるから、気分も悪いんです。

まー、頭の悪さならこっちも負けてません。

あるとき、不細工な顔近づけて睨んでくるバカがいたので「お兄ちゃんら、その格好で電車乗ってきたんか?」と聞くと、お兄ちゃんが「電車乗ったら悪いんか!」と激昂、一緒にいた馬場くんの同窓が「ごめんなさい、この人(私のこと)酔っ払ってるから、許したって」と間に入ることもありました。

一方、こっちの応援席は、私を除いてみんなお行儀の良い紳士淑女。キックの試合はボクシング以上におかしな奴らが多いから、身なりから雰囲気からめっちゃ浮いてるんです。女性が多いっていうのもあります。

そういえば、族軍団って女子もいそうなのですが、私が行った後楽園ではまずいなかったです。

馬場くんはタイトルマッチも何度か経験している選手でしたが、晩年は負けも混んで、それでもリングから降りると観客席まで来て「せっかく応援してくれたのにごめん」とグローブを合わせて謝るのでした。

…タクシーの中で話も揺れまくりですが、あるとき、馬場くんと少し話をする機会があって「キックボクシングじゃ報酬も低いし、何よりもスポーツとして社会的に認知されてないけど、そういうことへのジレンマはないのか?」と聞いたことがあります。

彼は顔色ひとつ変えずに「認知されてるボクシングが羨ましいってこと?それはないなぁ。とにかく大好きだからやってる、としか言いようがない。変な言い方かもだけど、認知っていうなら俺の方がキックを認知しまくって、大好きだから、それ以外何も要らんのよ」と微笑いました。

それから「人に認知される生き方か、自分が認知する生き方か、どっちが良いか人それぞれだけど、それを◯◯(私ですね)さんが言いますか? 」のような意味のことを言うと、馬場くんに大笑いされて…。

話が逸れまくって「 Right or Wrong? Good or Bad?〜那須川天心のボクシング転向は正しい選択か? ボクシング界にとって良いことか?」については全くふれないまま、もうすぐ自宅じゃー。