米国で真のビッグネームになるために。

スターダムの頂点に駆け上がるためには、以下の3つの必要条件を無視することは出来ません。



◉Popularity Class(人気階級)◉

「ビッグネーム」に具体的な定義はありません。

PFPファイターをビッグネームと呼ぶなら、井上尚弥やファン・フランシスコ・エストラーダはビッグネーム、主要団体の王者をそう呼ぶならムロジョン・アフダマリエフやノックアウトCPフレッシュマートもビッグネームです。

「ビッグネーム」はそういう「ボクサー」への使われ方です。

では「メガファイト」となるとどうでしょうか?

「パックメイ」に代表される、ファイトマネーが1000万ドルを軽く超え、ときには1億ドルも突破することまである「メガファイト」は、視聴者から課金するPPVによって成立してきました。

この年に数回しかないハレのイベントPPVは、選手層の厚いウェルター級やミドル級、ヘビー級のスター選手によって展開されてきました。

「人気階級=選手層が厚い=有名選手が多い=大きな興行になりうる」というのは当然の等式です。

「人気者対決」が最も大きな興行になるのは当たり前です。

選手層が薄く、有名選手がいない、人気のない軽量級では「ビッグネーム」はいても「人気者」はいません。つまり「ビッグイベント」は存在しないという矛盾が渦巻いているのです。

いずれにしても、人気階級で戦わなければ注目度も報酬も約束されません。

パックメイが明らかに適正階級よりも重いウェルターを主戦場にした理由は「注目とカネ」のためだけです。「ベストのパフォーマンスができる適正階級で戦う」なんて純粋なアスレティズムは彼らの脳内にはヒトカケラもありません。

しかし、Popularity Classから逸脱した軽量級でも昨日の井上尚弥や、ジュニアフェザー〜フェザー級のレオ・サンタクルス、アブネル・マレス、カール・フランプトンといった100万ドルファイターが、現代でも出現してきました。

一方で、実績・実力で彼らを上回るノニト・ドネアやローマン・ゴンザレスはついにホームと呼べるリングに辿り着くことなく、流浪と不遇のキャリアを閉じようとしています。

軽量級は不人気階級ですが、井上にはジャパンマネーという後ろ盾があります。マニー・パッキャオの報酬の源泉は米国ですが、井上の場合は太平洋を挟んだ母国です。ESPNにとって「同一国の二つのテレビ局が放映権料を支払ってくれる」なんてまずありえない経験ですが、村田諒太や井上の場合はそれが起こるのです。

フィリピンやニカラグアの選手には母国の厚いバックアップなど期待すべくもありません。ドネアやロマゴンにとって、米国での扱いはいくら不遇でも母国で戦うよりも何倍もの報酬を手に出来るのですから。

そして、サンタクルスやマレスが持っているのが、井上も村田も持っていないBlood Books (血統書)です。
IMG_4518
マニー・パッキャオの素晴らしさのほとんどは、信じられないような幸運によって形成されている。

◉Blood Books (血統書)◉

悲しいかな、プロボクシングは実力だけがまかり通るスポーツライクな世界ではありません。

人気のない軽量級ではなく、人気のウェルターやミドル級で活躍したら注目度も報酬も、スターダムの頂点も手に入る、わけではないのです。

ゲンナディ・ゴロフキンを見れば一目瞭然です。

GGGの報酬が200万ドル以下から6000万ドルと信じられない振れ幅を示すのは、簡単な理屈です。後者はカネロ・アルバレスと戦った場合、前者はカネロ以外。

もちろん、軽量級よりははるかにマシですが、それでもカザフスタン人という出自では単独の人気ではPPVは惨敗、HBOにとっても「報酬の割に視聴者数が伸びない」お荷物でした。

もちろん、実力No.1でない大坂なおみや錦織圭がアスリート長者番付で上位にランクされるのを見るまでもなく、プロボクシングに限らずプロスポーツはどこで生まれたかが人気=報酬に直結します。

錦織圭がウクライナ人だったら世界長者番付35位どころか100位にすらカスりません。

そして、米国では全人口の20%に迫り、アフリカ系米国人を抜いて最大のマイノリティとなったヒスパニックがボクシング市場の基盤を支えています。

近い将来白人を抜いてマジョリティになることが確実視されているヒスパニックの最大勢力がメキシコ系で、なんとその構成比は65%を超えています。

ボクシング市場で西のメキシコに対する、東のプエルトリコが現実はヒスパニック内構成が10%に満たず「ヒスパニックの正体はメキシコ」と言い切っても良いほどです。

また、ボクシングではお馴染みのキューバやベネズエラは米国リングでもっと存在感があっても良いイメージがありますが、革命以前は大きな貿易・ビジネスが行われていたキューバでわずか3.5%、ホルヘ・リナレスらで親近感の強いベネスエラに至っては0.4%に過ぎません。

キューバ人コミュニティのあるフロリダなどではこの数字はもっと引きあがるとはいえ、メキシコに対抗する軸ではありません。

「キューバからカネロは生まれないのです」。

カネロに代表されるメキシコ(系)、フェリックス・トリニダードやミゲール・コットがつないできたプエルトリコ(系)がBlood books の二大血統です。

テオフィモ・ロペスは越境移民の〝主役〟ホンジュラス系で、ブルックリン生まれ。東海岸で人気を集めるプエルトリコ系の亜流ともとらえられます。
スクリーンショット 2020-11-01 15.19.01
ドネアやロマゴンが、その実力評価に反比例する不遇に泣いたのは、不人気階級から抜け出せなかったことも一因ですが、それが最大の理由ではありません。

もし、彼らがメキシカンで、年間最高選手賞に輝き、PFPキングに2年も君臨していたならば…全く違う人生が用意されていたはずです。

これは「メキシカン」を「日本人」に置き換えても良いでしょう。彼らが日本人でなかった恩恵を最も受けているのは井上尚弥でしょう。

井上は彼らの足跡をトレース、日本人二人目の最高選手賞やPFP1位を目指す〝二番煎じ〟で、その存在感や期待は今ほど大きなものではなかったかもしれません。

その意味では、井上もまたスペシャルなBlood Booksを持っていると言えます。

中東のアラブマネーでHBOを〝買い占める〟形でスター選手の仲間入りを果たしたナジーム・ハメドの成功例は、今後の井上が倣うべき方向でしょう。もちろん、成功には選手の実力が大前提です。

人気階級で戦うメキシカンでも試合が面白くないと、スター選手どまりです。

such-a-mess-title-770x506

そんな薄汚い現代ボクシングの世界で、スターダムの頂点に登る必要条件「人気階級のメキシカン」を完璧に揃えて具現化したのが、カネロです。

では、Popularity ClassとBlood Booksを持たないボクサーはスターダムの頂点に立つ資格も可能性もないのでしょうか?

Popularity ClassとBlood Books、いずれも公明正大であって欲しい「スポーツ」の世界では聞きたくない言葉です。

常識的にはこの二つのどちらかでも欠けると、ハメドのようにスターにはなれても、スターダムの頂点には登れません。

ただ、どんな薄汚い世界にも例外や突然変異、ド変態は存在します。

どうしてあの二人は血統書はもちろん、人気階級で戦う体格も持たないのに、ウェルター級を主戦場に、スターダムの頂点に立つことができたのでしょうか?


そして3つ目。LUCK and FORCE(途轍もない幸運と途轍もない実力)。


◉LUCK and FORCE(途轍もない幸運と途轍もない実力)◉

なぜ、マニー・パッキャオは、GGGやワシル・ロマチェンコのような〝異邦人の不遇〟を強いられなかったのか?

なぜ、フロイド・メイウェザーはバーナード・ホプキンスやアンドレ・ウォードのような地味な存在に陥らなかったのか?   


LUCK and FORCEを持っていれば、カザフスタン人でもウクライナ人でもキューバ人でもスターダムの頂点に立てます。 

メキシカンでないと人気が出ないボクシングは、スポーツライクじゃない薄汚い世界…。

冗談じゃない、ボクシングほど実力が純粋評価される世界はありません。

「軽量級は不遇すぎる」(エストラーダ)なんて、とどのつまりは実力のないボクサーの泣き言です。軽量級がダメなのをそこまで理解してるなら、上に行きゃいいんです。

下で沈殿してるのは、実力がないからです。

「メキシカンじゃないから人気が出ない」「コットが逃げる」「カネロが逃げる」(GGG)。それも実力が中途半端だから悪いんです。ミドル級でカネロやビッグネームから対戦を回避されたなら、上から煽ってきたウォードをやっつけたら良かったんです。「ウォードは重い。メイウェザーとなら154に落とす」とか寝言に過ぎません。