「アルゲリョやレナードに少しでも近づきたい!」。

「外国のジムに僕のポスターが貼ってある、そんなチャンピオンになりたい」。

そんなヘッドラインで、WBC世界ジュニアバンタム級チャンピオンになったばかりの渡辺二郎へのインタビュー記事が掲載されているのは「ワールドボクシング誌」昭和57年7月号。
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「世界チャンピオンになれたのは会長のおかげ」「フィリピンやタイには世界チャンピオンになれる実力者がいっぱいいる。ただ、彼らにはマネージャーの力がないから、チャンスが与えられない」。

「僕は1年に2回もチャンスをもらえた。これはもう…ラッキーというより会長のおかげですわ」。

「アルゲリョとかレナードなんか、僕らが知ってるでしょ。あんなふうになりたい。単に日本だけの世界チャンピオンでなくて、国際的にも有名なチャンピオンになりたいですわ」。

「去年、韓国で練習したジムに具志堅さんのポスターが貼ってあったんです。ああ、いいなあと思いました。外国のジムで僕のポスターが貼ってある、そんなボクサーになりたいです」。

今更ですが、真実を見抜く感性のなんと鋭いことでしょうか。

そして、当時はファンも2団体時代のぬるま湯につかっていたというのに「世界王者って一人しかおったらあかんでしょう?二人おったら王者ちゃうでしょ」と真っ当な正論を主張して、その舞台に上がるのです。

悪い意味でも〝聖域化〟してしまっていたファイティング原田に対して「減量が苦しいとか自慢するのはおかしいでしょ」と直言した渡辺。

それでも、暴力団に所属してる身で、ボクシング会場に現れることの是非は、やはり「非」です。 

しかし、40年近くも前に「承認団体分裂の矛盾」を指摘し「チャンピオンは一人でないとおかしい」と語り、アルゲリョやレナードを意識して「国際的にも有名なチャンピオンになりたい」と、渡辺は希求したのです。

グスタフ・バリャスとの初防衛戦を控えた〝新米〟の世界チャンピオンが、こんな傲慢なことを滔々と語っているのです。

驚きです。

彼の現在位置、それを肯定することなど出来るわけがありません。

しかし、昭和57年=1982年の渡辺二郎は、2020年のボクシングファンが 思い返しても感激にむせぶしかない、どこまでも澄み切った高潔を持っていました。

どこかで紹介したかもしれませんが、彼はトレーナーとしても優れた才能を持っていました。そして、団体分裂と王者量産の時代にどう立ち向かうべきかも、知り尽くしていました。

NHKが衛星放送を立ち上げた当時、渡辺の理路整然とした解説が大好きでした。

的を射た解説の後に「なんぼ理屈を並べても、ボクシングは理屈じゃないんですけどね、結局は」と薄ら笑う渡辺の深さといったら、もうたまりませんでした。

もう二度と、彼がボクシングを解剖する言葉は、聞けないのでしょうか…。